このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ござ いません。
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wear4(後編)

 


 

 

 18号が目覚めたのはまだ神殿の朝も明けきる前の刻限だった。神殿には多くの部屋があったけれども何かあったときのためにバラけていては都合が悪いと言うので1階の大部屋を2つ、男部屋と女部屋に分りふってそれぞれ雑魚寝をして一晩を明かした翌朝である。チビ2人とピッコロは2階の別の部屋で休んでいる。
 あの悪夢と化した武道会から一日近くが過ぎていた。18号は脇で布団をかぶってまだ眠っている娘の金髪を指で撫でてやって、とりあえず洗面に立った。早く起きてしまったのは、時差のせいである。彼女らが住んでいる島はここより半日も先に朝が来ているはずだったから。

  夜が明けてきて、初夏の眩しい光がどこまでも澄みきった高空の大気を染め上げはじめた。黒から紺へ、紺から縹色へ、藍色へ。美しい青の移り変わりが、光によって演出されてゆく。渡り廊下に長く伸びはじめた列柱の影を踏んで、18号はすでに神殿の前庭に誰かしゃがみこんでいるのに気づいた。それは、ゆうべ同じ頃に眠ったはずの孫悟空の妻だった。いつもは下ろしている髪をゆるく後ろでひとまとめにして、まだ黒い、空の高みをぼんやり如雨露を手に見上げているのだった。銀色の如雨露の先からはきらきらとした滴がこぼれて、名もないような黄色の花にぽろぽろと落ちてゆくのが見えた。
 彼女が見上げているのは、昨日、夫と永遠の別れをした、空の高みだった。

 18号には声をかける気はなかった。ただ、磨かれた宝冠のような色の金髪を朝日に照らして突っ立っていただけだった。ふと鼻先に流れてきた煙に振り返ると、背後の中庭で、サングラスの老人とショートカットの女とが無言でタバコをくゆらせている。タバコを吸わないものの、今ひとり、頬に傷持つ長身の男が壁に凭れて立ってその集まりに加わっていた。

 18号は鼻を鳴らして、馬鹿らしい、というつらを作ってとりあえず洗面に行くことにした。そこに加わって、同じく、ぼんやりとあの黒髪の女を見ていたい、という気分ではあったものの、小さい娘を抱える身にはそんな感傷に浸っているよりも果たすべきことがたくさんあるのだった。

 

 ブルマはマニキュアが禿げはじめた爪の先にタバコを挟んで時折くゆらせながら、ぼんやりとそのような集まりに加わっていた。隣で眠っていた黒髪の友人がフラフラと起きていったために目が覚めてしまい、なんだかあちこち掃いたり花に水をやったりしはじめたのを見ながらも自分が同じことをする気にもなれずぼんやり中庭でタバコをふかしながら見ていたら三々五々この爺さんと元カレが起きてきてなんとなくこのようにたむろっているという次第だった。
 男たちはおう、と手を上げたもののあとは無言だったけれど、目的は明白だった。おそらく自分があの友人を見張っているように、男たちは自分たち女二人を見張っているのだろうと思う。良人を永遠にうしなった未亡人二人を。
 そう考えて、自分にも冠せられることになってしまったたそのドラマめいた肩書に心底うんざりした。うんざり払いに、ブルマは地上にいるだろう昨日願いをかけて生き返らせたはずの人々を思った。ちゃんと生き返られているといいけれども。それにしたって、なんだって、あいつってばあんなことを…。

 

 我儘で自己中心的とは言え、ブルマは基本的に善良な女だったので、彼女の良人が唐突におこなったあのような破壊と殺戮の意味が一日近くたっても全く理解できなかった。この星に初めて来た際に東の都を滅ぼしたというのは頭ではわかっていたのだが、のちにあれはナッパがやったのだとベジータから聞いたこともあるし、同居して以降も『地球人』に対して直接害を働いたという場面に出くわしたことがなかったので、心の底でベジータが抱えて懊悩していた破壊衝動にも気づかずこの10年近くを過ごしてきてしまったのだった。

  隣に立っている彼女の元カレのヤムチャに言わせれば、ブルマはその点で全く彼女の父母似の、世間知らずのお嬢様である。ヤムチャはこの家に来るまでバリバリ現役の山賊だったから、付き合いはじめた当初はそのような自分を警戒されるのではないか、とか、自分自身何か良くない虫が騒ぎ出して迷惑をかけたらどうしようとかそれなりに案じていたものだった。だがこの大企業の一家ときたら一旦懐に抱え込んで信用したならそのような心配はどこかへ放り投げてしまう。それはプーアルやウーロンに対しても、また、殺し屋崩れのあの鶴仙流の二人に対しても変わらぬことで、大企業のトップが持つにはある意味で美点であったし、ある意味では秘書たちの頭を悩ませる脇の甘さだった。
  男女の仲が終わって彼女の元を去る時に、なんとなくヤムチャは残された彼女とあのベジータがどうにかなるのではないか、と予感していたのだったが、さすがにそのあと子供までもうけたと聞いて心配になった。それはあまりに深入りしすぎなのではないかと。切れたはずの男女の仲の意地よりも友情がまさってまたブルマと度々会うようにしたのはそういうわけだ。ヤムチャは異性には不実であるかもしれないが、友情には篤実な男だった。

 同じサイヤ人妻であっても、悟空の妻であるチチと、ベジータの妻であるブルマはまったく事情が違う、とヤムチャは思っている。悟空は(本人の中では葛藤なりあったのかもしれないが)他者大勢への凶悪な破壊衝動を持っていないが、ベジータはそれをあの広い額の深い眉間の皺の中にいつも隠している。ベジータがことさら悟空をライバル視するのは、そこにしか渦巻く破壊衝動のはけ口がないからだと実際敵として目の前で対峙したことのあるヤムチャにはよくわかっていた。だが肝心のブルマはせいぜい悟空に負けて悔しいから執念深く後を追っているのだくらいにしか考えていなかったのである。
 あの世から帰ってきた頃のヤムチャが度々、あいつは危険だ、心を許しすぎるな、と警告したにもかかわらずだ。時既に遅しで、ヤムチャが生き返るまで半年特に何事もなかったせいでブルマはもうベジータを信用してしまっていた。極端な言い方をすれば、彼女にとってベジータは今まで多少口の悪い、多少不機嫌な、悟空の亜種でしかなかったのかもしれない。

 

  岩に腰掛けたブルマが頭を痛そうにして朝日の中に細長く煙の影を作るのを、ヤムチャは上から見下ろしていた。多少、だから言わんこっちゃないというような気分だったがそれはさすがに口にはしなかった。鼻先に何処からか飛んできたモンシロチョウをそっと息で追い払ってやりながら、かといって、ブルマがその衝動を理解して腫れ物に触るようにベジータに接することもあり得なかっただろう、とヤムチャは更に考えていた。
 良くも悪くも独善的、それがベジータよりはるか長く、ヤムチャが15年近く付き合って知り抜いているブルマの本質である。ブルマは他人をわかろうとするにはあまりに賢すぎるところがあって、一を聞いて十を知ると言うか、実際確かめる前に自分でこんなものだろうと理解した気になるきらいがある。母親というものになってからは多少ましになってはいたけれども。

  今からして思えば、その容赦なく突きつけられる独善の刃のお陰でベジータは表面的にはあんなに丸くなったのだろう、とヤムチャは分析している。しかし、もうベジータはこの世に居ない。だから、あまり思いつめないで欲しい。何もかも放り出してその悲しみに浸るには、彼女は一人の親としても、また世界に冠たる企業のトップとしても、まだまだ背負っている責任がある。
 死者に対してこうしてやればよかった、こうできたのではないか、自分はあの人を何も知らなかった、そう自分を追い詰め考えすぎるのは魂を摩滅するだけの繰り言でしか無いのだ。

 

 それをよくわかっているチチは、丸い水平線から登りきった曙光の圧力に立ち向かうようにしっかりと立ち直し、如雨露にたまった水を植木に残らず注ぎきって、手を払って朝食を作りに神殿に足を向けた。旗袍のスカートが、バサリと力強くその足取りに翻った。
 あの夫との別れももう3度目だ。あの人が言い置いていったように自分にはまだ残された息子がいる。とりあえず、あの子に、そして他の連中にちゃんと食べて元気をつけてもらわなければ。なにより自分自身のために。そうでなければ、万一機会が訪れた時に、自分はあの憎いピンクの肉団子に、恨みをぶつけてやることも出来ないのだ。

 

 

 


 

 魂状態のベジータは閻魔庁の一室に半ば監禁状態で、眼前のテーブルに置かれたうっすら光る水晶玉をじっと見ていた。もう、自身が死んでから2日近くになる。

 己が殺したのであろう地球人の列のあとに気まずく並んだ後に、閻魔大王のもとに連れ出されたときには、ああ、これで自分に悪人とやらの判決がくだされて、ピッコロに教えられたとおりにこれから魂魄が洗われて自分は自分でなくなってしまうのだ、とそれなりに覚悟を決めたものだった。だが、程なくしてやってきた占いババとかいうのにこの一室に引き入れられ、水晶玉を見させられたのだった。ベジータが命を賭してまで与えたはずだったブウへの一撃が全くの犬死に終わったことを彼はそれで知った。

  『悔しいか』

  部屋に響く重苦しい声は閻魔大王のものだ、と占いババが脇から言い添えてきた。当たり前だ、とベジータは苦々しく吐き捨てた。しかしもう自分にどうにもなるものではない。ふよふよと脚もなく頼りなく浮かぶばかりのこの魂の身には。

  『今しばらく、地上の様子をそこで見ておれ。ブウの災禍を残された連中で解決できるなら良し、だが最悪の場合にはまたお前の力を借りるかも知れぬ。お前の判決はこの一件が終わるまで保留とすることにしよう。これから儂も目が回るほどに忙しくなるからな』

 

 そういうわけで、(いっとき占いババがカカロットを現世から連れ返しに行く間を除いて)ベジータはずっと水晶玉を通して下界の様子を見ていた。超サイヤ人3とやらのことも、フュージョンとかいう稚戯じみた修行も見た。界王神界とか言うところでカカロットの息子の悟飯が生きて修行をしていることも聞いた。しかし、状況はどうもまずい方向に転がり始めたようだった。ブウが、くだらない人間の連中のせいで、分裂してより凶悪なものに変容してしまったからだ。

 「どうも、こりゃまずい」脇のババアはそれまで椅子のクッションに埋めていた小さな体を乗り出して、頭を抱えた。水晶玉の中ではちょうど、カカロットの妻女が余計な真似をして、神殿にやってきた魔人ブウに突っかかっていくところだった。グシャリという卵の崩れる音をベジータは聞いた。柱の陰で、青くなってその様子を見ている自分の妻の姿を見た。
 このままでは、遠からずあの女だって同じ運命だ。生きている悟飯がどうしているのだかしらないが、今たのみになりそうなのは精神と時の部屋で修業に入るために連れられてゆくチビ2人くらいしかいそうにない。

 ちょっと相談してくる、と慌てて水晶玉に乗って部屋を出てゆくババアを横目で見送って、ベジータは椅子から立って(と言ってもやはり脚はなかったが)格子組の窓を通して黄色の雲が茫漠として広がる外の景色を見た。桃色の天のはるか高みには天国と呼ばれる星がぼんやりと巨大に浮かんでいて、界王神界とやらはそのはるかはるか途方もない上空にこの世界の衛星のように巡っているのだとか聞いた。
 そこにいるというカカロットはこの様子を見ただろうか。あの生意気な騒がしいのは、それでもらしいと言えばらしい最期だった、とベジータは思った。彼女が蘇られるのは半年は先のことだという。それまではせいぜいこの『あの世』で、カカロットと仲良くやるがいい。
 しかし、自分はどうなるのだろう。自分の妻がこちらに来たとして、会えるのだろうか。いや、会ったところで何を言えばいい。みっともなく犬死にに終わったこの自分が。どうせすぐに本当に永久に別れるものを。

 

 「急いで来い」部屋の前に超特急で戻ってきたババアが水晶玉からずり落ちそうになりながら大声を出した。「おぬしの出番じゃ、ベジータ」

 

  ベジータが次に通されたのは、閻魔庁の最も奥向きの小さな一室だった。部屋に入るとそこには、石の寝台の上にベジータの肉体が横たわっていた。地球の神など神仙のたぐいのものには、死者に黄泉の世界に於いても使える肉体を現世から取り寄せて修復し与えることができる。かつてサイヤ人たちにやられた連中が身体を得て修行できたのはそれでだったが、ベジータの場合灰と化して消滅してしまっていたために、多少余分な時間を要していた。
 「鼻から入ってこれを着よ」此岸と彼岸のあらゆるところに行き来し、その知見ではこの宇宙にも稀なる存在である占いババは厳かに言った。「魂魄にとって肉体とは現世で活動するための服のようなもの。これをまとって、再びブウの前に立つが良い」

  ある程度予想はしていたけれども、ベジータは内心怒った。自分単体で何ができる。自分にはあの超サイヤ人3とか言う形態も、更に強くなったブウにかなうなにほども持ってはいない。どうせあのくだらないフュージョンとかいう練習を散々見させられたのは、いざという時に、どうやら今しがた現世に気が戻ったらしい悟飯とそれをしろということなのだろうけれども、そんなことしてたまるものか。

  「悟飯はどうも危なっかしい」占いババは水晶玉から降りて言った。「あの子は強くなったが、闘いには向かない。おぬしも知っておるじゃろう。いくら強くても、おぬしや悟空ほどの経験もない上に、もともとの性根が優しいゆえ、ブウを滅しきれるかどうかわからんのじゃよ。いざという時に冷酷に徹しきれるものがおらんと」

 その評論にベジータは唇を噛んで黙った。ベジータの悟飯に抱いている感想もだいたい同じようなものだったから。ゆえに、ベジータはこの7年悟飯のことをその父親同様に敵視する気にはどうしてもなれなかったのだったから。

  「わかった」

 ベジータは覚悟を決めた。子供たちは、サイヤ人という血のこともいつかは忘れて暮らしていくだろう。王子と散々威張ってきた自分が最期にできるのはそのような冷徹な処断を以って、ガキどもを導いてやることだ。そうして、自分とカカロットの妻たち二人に、ガキたちを残してやることだ。
自分たちと別れてこれからも生きてゆくべき彼女たちの、幸福のために。

 

 


 


 一旦消滅させられた地球も人々もナメック星の珠のお陰で復活し、そのおこぼれにあずかって幸運にも生き返りまた巨大な『家』に戻ってきたベジータは、暗い中でブルマの部屋のテレビをリモコンでつけた。
 テレビでは、日付が変わって昨日になった闘いについてまだ特集が組まれている。唐突にサタンの宣言によって半日前に終わった闘いは、世界中の人間の胸に幾ばくかの疑念を残しながらも、どうにかめでたしめでたし、というオチで決着しようとしていた。テレビでは早速今日には地球の国王からあのサタンに対してなにがしかの栄誉が更に与えられるのではという話をしていた。今週中にはキングキャッスルやサタンシティで華々しくパレードが行われることになるだろう、とも。

 夜中の2時。寝台の上で心地よい疲れに半ばウトウトしかけながら、ベジータはベジータなりに胸の裡でサタンに賛辞めいたものを送っていた。世の中には、力だけではどうにも出来ぬことがある。それをサタンという人間は身を持って示したのだ。世界中から力を集めた手腕も、その前にブウを懐柔してみせた手管についても。

  力だけでは、どうにも出来ぬことがある。

 布団の中で一糸まとわぬベジータは、その腕の上に頭を載せている同様に一糸まとわぬ妻女のいかにも賢そうな額にそっと唇を寄せた。今頃は、あのカカロットも、同様にしているだろうか。
 実際には向こうはまとわりついてくる次男坊に阻まれてそうは出来ていなかったのだが、ベジータは密かにほくそ笑んだ。その声に、ぼんやりと、腕の上で青い瞳がまつげの間から覗いた。

 「どうしたの」夢現つのまま、細い指がベジータの頬に添うた。

  「いや」ベジータは目を閉じた。その感触に酔うように。

  「あんたはいつもそうね」脇から微かに涙を含んだ細い声がした。「もうあんな馬鹿な真似しないで、溜め込む前にちゃんと言って頂戴。またこれからも、ずっと、夫婦をやっていくんだから」

  柔らかい胸が、ベジータの身体にまた押し付けられた。
 「あたし馬鹿だから、言ってくれないとちゃんとわからないんだからね」

  ほとんど初めて、ブルマが人前で自分の無知を認めた言葉だった。

 

 こうして、何もかもとは言わずとも、全ては元の鞘にめでたしめでたしで収まったのだった。ベジータは再び妻の上にのしかかりながら思う。明日になればきっと、息子の身元がバレていることによって、この家はろくでもない騒動の渦中になるだろう。まったく、この星の人間というものはしかたがない。

 しかし、今回肚を決めて正面から『地球を守る』目的のために動いたベジータには、完全に無くならないにしても、そんな輩を破壊してしまおうという気は薄らいでしまっていた。一度魂だけになって新たな肉体を与えられたせいか、或いは額に印を打たれてとめどなく噴出させられたことによって、破壊衝動と憎悪を目減りさせられてしまったのか。それは本人にもわからなかった。

 

 

 
 ともかく、今は、こうしてまた肉体を持ってここに帰れたことに感謝しよう。

  覚悟を決めろ。自分は、これからも、ここで生きてゆく。
 この、故郷を遠く離れた青い愛すべき星の上で。
 この、自分を見つめる青い瞳のそばで。

 

 めでたくも黄泉帰ってくれた、あの憎らしい同族を追い越す日を再び夢見ながら。


 (前編に戻る)




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