このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ござ いません。
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sound3(中編)

 

 

 ある夕方、その日一日を岩場の猿達と遊び倒した帰り道。

 あけびの食い滓の紫色の皮をその辺に放って、ベタベタになった手を洗おうと渓流に手をつけた悟空は不意に、ああ、もう夏は終わるのだな、とまだ幼い頭の奥で思った。夏だってこの沢の水は冷たいけれど、夏の間感じられていた加減のある優しい冷たさではなくて、急に知らんぷりをされたような冷たさに入れ替わりつつある。
 少しずつ少しずつ、一日というものが短くなっている気がする。おひさまが顔を出している時間が短くなっている。悟空の腹時計が鳴り出す時にだんだん空が暗くなっていく。
 ああ、だから冬は寒いんだ、と悟空は山の端に沈みゆくオレンジ色の丸い太陽を目で追いながら思った。あったかい太陽が遠くへ行ってしまうから。
 黒い黒い影が河原の一つ一つの石を縁取り、その黒い影は見る見る間に広さを増して繋がって、足元から自分ににじり登ってこようとしている。悟空はブルリと震えて、震えついでに大きなくしゃみをした。こだまが暗い谷の流れの深みに、ざあざあという音にのみこまれてゆく。8つの彼は背に負うていた赤い棒を引き抜いて、八相に構えるようにして掻き抱いた。
 「悟空や」河原の上の茂みの向こうからそこに声がかかった。「今帰りか」
 「!」少年は尻の、垂れきっていた茶色い細い尾をピンと立てた。立てついでにぴょんと飛び上がり、そのまま勢い込んで岩場を駆け上り、獣道に立っていた背負子を負うた幅広い養祖父の腹回りにしがみついた。しがみついて思った。あたたかい。おひさまがいなくなったって、あたたかいからだいじょうぶだ。

  「どうした悟空」養祖父は白い髭を持ち上げて笑った。「赤ん坊のように甘えおって。茸は十分に集めてきたか」

 あ、と悟空は埋めていたくたびれた養祖父の長衣から顔を上げた。肩から斜めに下げている白いかばんは空のままだ。が、思わず言ってしまう。「う、うん。いっぱい見つけたぞ」
 「嘘をつくなっ」不意に悟空の、まだ片腕に持っていた赤い如意棒が奪い取られて翻り、脇に向かって素早く突きかかってきた。慌てて後退し前腕で払い落とす。やるな、と白い髭が一瞬にやりとし、また足払い、面へのうちかかりが続けざまに飛んできた。慌てて悟空は跳躍し頭上の木の枝に尾を絡めてぶら下がった。
 「じいちゃん、ごめん、ごめんよう。遊んじまって忘れてたんだ」
 「すぐわかる嘘をつくくらいなら最初からそうやって正直に言えばよいのじゃ」養祖父が構えを解いて如意棒を投げて寄越した。空中で受け取り着地して悟空は唇を尖らせた。
 日頃から悟空はことさら「良い子」であるようにと言い聞かせられていたが、嘘は悪い子の第一歩であるというのが養祖父の信念であり固い戒めだった。このくらいならいいか、と軽い嘘でも重ねていくうちに、人のことをこれくらいならいいか、と侮って扱うようになってしまう。このくらいならいいか、と人の気持ちを平気で傷つけるようになってしまう。それはその人を大事にしてないということだし、そしたら自分のこともその人はそのうち大事にしてくれなくなってしまうのだ、と。しまいにその人から嫌われてしまうのだ、と。
 人と言っても悟空はこの養祖父しか知らない。世界で唯一のこの人に嫌われるのは想像するだけで身がすくんだ。そうしたら自分はどこへなりと放り出されてしまうかもしれない。かつて実の親にされたのだろう仕打ちのように。

 「じゃあ明日は二人で少し遠出して食料を集めにゆくか。もたもたしててはすぐ冬になってしまうしな」
 大きな乾いた手のひらが悟空のボサボサの頭に乗った。ほんの少しだけうつむきかけにしていた頭を跳ね上げ、悟空は一片残った秋の夕日に満面の笑みを照らして大きく頷いた。

 眠る前に、竈の熾火にほんのりと沈み際の夕日のように輝いている箪笥の上の珠を布団の中から見つめ、悟空は思う。すでに同じ布団で眠りについている養祖父に足の先で触れながら。

 寒くったって、暗くったって、おひさまがどこかに行ってしまったって、じいちゃんがいればあたたかい。
 だから、良い子になろう。じいちゃんを大事にしよう。嘘はつかないでいよう。そしたらきっと、じいちゃんはずっとずっとぎゅっとおひさまのようにあたためてくれるんだから。

 秋の初めの、上弦の月の宵だった。どこか寂しく、でも幸福な、虫の鳴き始めた頃の宵だった。
 その時は想像もしていなかった。永遠の別れに絶望する秋の終わりが、一人ぼっちの冬が、ほんの数ヶ月の先に待っているだなんて。

 

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 さてと、と、勢い込んで妻子ある家を飛び出してきた悟空は宵闇の中、焚き火の傍で食後のゲップにまぎれて息をついた。
 大陸の東、家よりは少し北上した山塊の中である。赤い岩山に縁取られた大河は土に濁ってどうどうと流れ、さながら龍のようにのたくっている。焚き火の明かりは山奥の岩肌を照らしあげ、打ち捨てられた山上の無人の砦跡をくろぐろと浮かび上がらせた。今はもう使われていないのだろう谷渡り用の滑車のついた綱が、ほそぼそと大河の上空を幾筋か通っている。

 朝に家を出てきてから夕暮れまでかかってドラゴンボールを探した悟空だったが、結局今日見つけたのは、傍らに転がっている三星球ひとつきりだった。レーダーで割と近場にあるとわかった時点ではラッキーと思ったのだが、この濁った早瀬の中に落っこちてしまっていたものだから、潜って探そうにも視界は効かないわ、うっかりとレーダーを水につけて調子が悪くなるわ、やっと手が届いたと思ったら何度も流されてしまうわで散々な目にあった。まったくひどい目にあったものだが、むしろ今までのドラゴンボール探しの中でこんな目にあってなかった方がラッキーというべきであろう。
 「あー、風呂入りてえなあ」
 しゃぶっていた小型の恐竜の骨をその辺に放り投げ、腹もくちくなった悟空は下着一丁で夜空を仰いでひとりごちた。さすがに着の身着のままで子供のように泥川に飛び込むという愚は犯さなかったものの、唯一身につけていた下着は赤土色にそまり、焚き火で乾いた体もこする度に細かい粒子がこぼれ落ちる。山肌の間からは夜闇の向こうに…東の都だろうか…華やかな街の灯が見えていたが、妻が彼女の実家に直行すると思って悟空に金を持たせてくれていなかったものだから、宿代なんて全く持ち合わせていなかった。明朝起きたら適当な綺麗な水の沢を探して体を洗わないと気持ち悪くて仕方がない。

 いつもなら…と悟空は何気なく考える。
 夕暮れに帰ってきて、家のドアをあける前からこの上なく良い香りが鼻孔を擽(くすぐ)る。ドアをあけると同時に妻がちょこまかと忙しそうな中でも振り返って、おかえりと明るく笑いかけてくれる。こんな何も味のついてない素炙りのではなく、心を尽くして様々な調味料で味を加減したいろいろな食材が並ぶ。食べて一息ついたら温かいきれいな湯で体を洗って湯船で疲れを癒やし、息子をあやしてやった後、ふかふかの寝床でぐっすりと眠りにつく。時にその前にこっそりと、同じ寝台で眠る息子に隠れて甘く情を交わし合って…

 「…さみい」
 くしゃみを一つして、悟空はブツブツと言いながら自分の太い腕で自分を抱きかかえた。真夏の晩とはいえ、標高が高い山の中だから結構肌寒い。服を着る前に風呂に入りたいのはやまやまだが、こんな格好でいては風邪をひくかもしれない。思った悟空は、せめても、とかばんの中から下着を一枚取り出して今の泥で赤茶けたのと履き替えてから朝着てきたいつもの道着を纏った。服の中でやっぱり細かい砂がシャリシャリした。不快になったのだがもう汚れついでだとばかりに勢い良く赤い地べたに寝転んでやった。
 あたりはもう獣の気配もなく、恐ろしいばかりの静寂だった。雲の多い晩で星の光も月の光もなく、風の流れすらもないトロンと薄ら寒い宵だった。うとうとと手枕で、固い地面で横になる合間に、傍らのオレンジ色の珠を見る。

  そうだ。じいちゃんがいなくなった後あんなにあの四星球を大事にしてたのは、この色を見るとじいちゃんの体温が思い出される気がしてたからだ。だから、レッドリボンとの戦いの後にずっと旅して野宿で一人寝てた最中だって、雪山の中だって、温かい気持ちがして耐えていられた。
 そう、一人寝ってこんなに寒々しい物だったんだ。今ここにボールはあるけど、じいちゃんのじゃねえ。だからやっぱりまだ寒い。
 …あいつらは、もう寝ただろうか。熱がひどくなってなけりゃいいけれど。家を出てくる前にちゃんと悟飯の顔を見てくりゃよかった。

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 『あん、悟空さ早く手伝ってけろ!これ悟飯ちゃん、ちゃんと体拭いておとなしくパジャマを着るだよっ』
 『やぁだぁ』ずいぶんとすばしこく動き回れるようになった息子が、素っ裸でぺたぺたと濡れた足跡を残しながら妻が広げるバスタオルから逃げまわる。『あついもん。パジャマきたらもっとあつくなるもんっ』
 夜になってもまだ暑さの引かない真夏の宵口だ。上気したやわらかそうな頬を輝かせ、息子はなおも妻から逃げ回る。最近はおとなしく着替えることも多かったけれど、なにせ2歳の反抗期の子供のこと、たまに聞き分けなんてどこぞのものとばかりやんちゃをしでかす。それでもそれも可愛いもの、妻もどこかおどけた風にして息子を追い掛け回している。
 『あはは、なあ、悟空さ早く悟飯ちゃんを捕まえてけれよ』
 息子と二人で入っていた風呂から上がってきたばかりの悟空は腰タオル一丁で妻からバスタオルを受け取った。『ほれほれー、悟飯、父ちゃんが今度は追っかけるぞー。早く服着ろー』
 『もー悟空さってば』妻が食後の皿洗いを再開しながら振り返って笑った。『毎日修行してるくせにそんな子供ひとり捕まえられねえだかっ。武道家の名が泣くべ』
 それはお互い様ってもんじゃねえか、と悟空は笑った。妻がおらはもう引退してるもん、と笑い返した。ようし、とちょっとだけ本気を出して息子の走る先に回りこんでみせる。きゃあ、と尻尾を上手いこと舵にして、息子がまだ桜色に染まった全身を翻した。
 『さあ捕まえたっ。母ちゃん困らせねえで早く服着ろ』悟空は真っ白なバスタオルの網で息子を掬いあげた。網の上で桜鯛のようにピョンピョン跳ねながら息子が反論した。『おとうさんだって服着てないもんっ。ハダカじゃないのっ』その声に再び振り返った妻が真っ赤になって、バカぁ、と喚いた。素裸の2つの尻がリビングのあかりに照らされてぴかりと輝いた。
 『いいから、ふたりともさっさと服着て、床を拭いてけろ!』

  そうして、おひめさまとおうじさまはそれからいつまでも仲良くしあわせにくらしました。めでたしめでたし。

  布団の中でそう読み聞かせを終わる頃には、息子はすでに夢の中だった。悟空は絵本を閉じ、息子をちゃんと仰向けに姿勢を整えてやって、後ろの鏡台で髪を乾かしながら読み聞かせを見守っていた妻を振り返った。気づいた妻が嫣然と笑んだ。
 『もう、暑いでねえだか』妻が鏡の中で悟空の腕に埋もれながら小声で可笑しそうに囁いた。まだ湿気を残してくろぐろと輝く髪から、甘くさわやかな香草の香りがした。唇を吸うと、塩っ辛い歯磨き粉の味の向こうに、いつもの妻の優しく丸い舌の味がした。二言三言、こそこそと間近で囁き合って、夫婦は同時に鏡台の前から立ち上がり、そおっと扉を出て隣室へとしけこんで行った。

 ああ、と板間の上で妻を組み敷きながら悟空は悟った。夢だ。これは夢だ。このしあわせは、しあわせそのものの暮らしは、先日あった本当のことだけど、今は夢の中でしか味わえない。慣れきって当たり前になっていたけれど、なんてあっさりと無くなってしまうものだったんだろう。それもこれもそれぞれが健康で元気であったればこそだ。早く良くなってくれ。またさっきみたいに遊んでくれ、悟飯。
 体の下の妻が身を捩って、ノースリーブの白い寝間着から白い腕を伸ばした。身を乗り出してその腕に首根っこを掻き抱かれる感触に思う。あたたかい。あの武道会の後に二人で雲で飛び立って、寄り添うこの熱を初めて意識した時から3年あまり、体で覚えこんだ妻の熱さだ。夢の中でだってこんなにはっきりと再現できる。あたたかい。なんて、ほっとするんだろう。

 だから、朝が来れば消える夢だろうと、今は。

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 どうもついてない、と3日目の昼、3つ目のボールのあるであろう地点の上空で悟空は白いため息を付いた。レーダーの反応はどう見ても、あの青黒いまでに深い青色をした海の中だ。カチカチと諦めきれずにレーダーを無茶苦茶にいじっていたら、運良くいつだったかブルマが見ていた近辺を標高で示すモードになったので見てみると、流氷の下、とても息が続かないだろう深さの底だ。悟空は眉根にシワを寄せた。
 息は高速で舞空術の要領で潜ればどうにかなるかもしれない。がここは極北なのだ。高速潜水と寒さが重なれば自分の体とてどうなるかわかるものではない。深みへの潜水は怖い。ことに素潜りは。15の頃の旅で、しばらく海人(あま)の真似事をして身にしみたことだった。

 「うう〜、さみいい」

 言っている間にまた遮るものとてない風が、対岸にユンザビットをようやく臨む大陸の北西辺の断崖に打ち付け始めた。まだ秋分前だからかろうじて昼は夜よりも長く、太陽は地平線ギリギリを舐めるように動いていたが、真っ暗な冬はほんの鼻先にぶら下がっている。形ばかりどうにかそこら辺で拾ったシートともボロ布ともつかぬなにかをマントのようにひっかぶってはいたが、とても寒さをしのげるものではなかった。
 しかたない、目当ての四星球ではない可能性も大きいのだ。最後に後回しにして、どうしても取らねばならなくなったらブルマか義父か誰かに乗り物を出してもらうことにしよう。そう決めて、悟空はあわてて乗っていた筋斗雲を南へ走らせた。次の、4つ目のボールへと。4つ目、4つ目、一番近いのは確か大陸の縁をもう少し下ったところにあったはず…

 

 ん?
 悟空は目を瞬いた。おとといより、昨日より、少し動いていないか?このボールは。
 初日に水につけたせいでレーダーの調子は良くなかったが、カチカチといじってレーダーを地図を重ねて見る仕様に切り替えてみる。やはり、昨日よりずれてる気がする。

 また、誰かが持ってるのか!

 あちゃあ、と悟空は空を仰いだ。むう、としばらく考え込んだ後苛立ち紛れにまとっていたボロを脱ぎ捨ててやった。それはひらひらと風に流されて、青い針葉樹林の原生林へと落ちていった。白と黒の二色に羽根を染め分けたワタリガラスたちが下で驚いてぎゃあぎゃあと鳴く。
 また、というのは、2つ目の珠も…それは北エリアのとある町にあったのだが…すでにひとが見つけて所有されていたからである。 それがまたなかなかの業突張りのオヤジで、四星球かどうかとりあえず確認させてほしい、というこちらの願いにもろくに応じてくれやしなかった。どうにか姿だけでも見られないかと屋敷に忍び込んだ悟空だったがあえなく見つかり、用心棒たちに追い回された。軽くいなしてやったらそいつらが確か、ってんで教えてくれた星の数は目当ての四星球とはまた別のもの。その話を聞いているうちにビビった件のオヤジが警察を呼んだので、じゃあもういいやと急ぎ退散してきた次第だった。
 だから、まだ悟空が鞄の中に入れてるのは初日に見つけた三星球だけということになる。

 ピッコロとの戦いの後ブルマたちが師匠とクリリンを生きかえらせるためにドラゴンボールを使って、その後世界に四散してからもう六年以上にもなる。綺麗なものだし、見つけたなら人が持っておきたくなるのは道理であろう。しかし探す立場としてはあまり人には持っていてほしくない。
仮に次が目当ての四星球だとしたらぜひとも譲り受けたいし、あんな欲張りジジイではありませんように、と悟空は思わず神に祈った。そういやこのまま大陸の縁をずーっとずーっと下っていけば、カリン塔があり神殿がある。あの神仙の類の人たちは皆元気でやっているだろうか。そういや前に四星球を持っていたのは、カリンの守り人のウパの父親だった。今度もあんないい人であればいい、ヤジロベーみたいなわからず屋じゃなく。

 

 考えているうちに筋斗雲はだいぶんと南の方に下ってきた。悟空は雲の上で伸びをするように立ち上がった。仰いだ天はいつの間にかただ青く暑く、夏のおひさまの香りが馥郁とした。
 頭上にはただ青い天。
 雲の下は、右半分はクジラ泳ぐ青い海、左半分は沸き立つように山裾に広がる広葉樹林。万年雪の山頂から森を縫って、怒涛のように下り落ちる白い滝。森の切れ目に時折覗く浜には、ささやかな漁村の暮らし。ああ、そういや昔、武道会の前にもう日が近いってんで慌てて地球半周泳ぎ出したのもこのへんからだった。


 なあ、悟飯、父ちゃんが昔蝶の大群を見たのはこの辺だったぞ。いつかお前も、もうちょっと大きくなったら一緒に見に来よう。
 今は速く筋斗雲で飛んだら怖がるからあんまり遠出できないけど、いつかお前にもこんな景色を見せてやろう。こんなでっけえ、地球まるごと一抱えにできるような景色を。


 山吹の道着を纏った身いっぱいに熱風を、顔いっぱいに夏の陽光を受け、味わうように固く閉じていた目を開け首を戻すと、青い空の向こうに、うっすらと、ほんのうっすらとだが天を割るカリン塔の一筋が見え始めた。そろそろ、次の珠のあるだろう地域だ。
 金色の澪を引く雲の影はいつしか森を抜け、赤い台地の上の草原に落ちていた。下を見るとカモシカか何かの群れが、美味そうな太ももを躍動させて走り抜けてゆく。
 よし、本格的に探し始める前にあれでとりあえず腹を満たすか。舌なめずりをして悟空が雲を下ろしていくと、不意に下の方から声がかかった。

 「やっぱりそうだ!悟空さん!悟空さん!」

 悟空は目を瞬いた。聞き覚えのない声。声のかたを振り返ると、よく陽に焼けた浅黒い肌のまだ幼さ残る少年が、巧みに白馬を操りながら悟空の乗る筋斗雲めがけて金色(こんじき)の草原を並走してくる。頭に赤い羽根を翻して。片方の腕には弓矢を携えて。
 誰だ?
 悟空が首を傾げる間に、遠くから、今度ははっきりと聞き覚えのある野太い声が追いかけてきた。

 「久しいな、孫悟空!息災だったか!」

 巨大な体躯を大きな黒茶の馬に乗せ、少年と揃いの黒いひと縛りの三つ編みを揺らして、こちらも草原を並走してくる。悟空は思わず急ブレーキをかけた。馬上の親子も馬を急ぎ止め、快活に笑った。

 「ああっ、ウパの父ちゃん!…ってことは…でかくなったなあ、ウパ!なんでこんなところにいるんだ!?」


(後編に続く)
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