このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ござ いません。
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sound3(後編)

 

 


 「そうかあ、もうウパもそんな歳になるんか」
 携帯用の獣皮で出来た天幕を広げた脇で、悟空は感慨深げに夕日に負けずなお赤い焚き火の向こうの顔を見ながら大きなカモシカの腿肉にかぶりついた。
 かつて共に旅したあの小さかった少年は、すっかりと自分と変わらないほどに背も伸び、骨太の青年へと変貌をしていく未来を思わせる。先ほど弓矢でこのカモシカを見事に馬上から仕留めたのもウパだ。戯れにさっきこの水場まで後ろに乗せてもらったが、馬と一体になって金色の草原を駆け抜け岩場を駆け上がる技は見事で、悟空は素直に、かっこいいな、と後ろから賛辞を贈り、ウパは照れたように白い歯を見せて笑っていた。
 先に会ったのはもう3年以上も前だったが、その頃はまだ身なりも小さく子供子供していたから(それでもその時も成長ぶりに驚いたものだが)、悟空は3年という時の長さと短さを同時に感じた。しかし考えてみれば自分のところのチビだってほんの小さな細胞の一欠片からあっという間にあれだけになったのだ。そんなふうなことを言うと、ウパと、その父親のボラは目を丸くした。

 「こちらも驚いたぞ。孫悟空、お前にもう子供がいるとは」
 「男の子?女の子?いつ結婚したの!?」
 「前に神殿から降りてきておめえに会ったろ、そのすぐ後の武道会でケッコンした。男で今2つだ」ボラに飲み物の入った革袋を渡されて、何の気なしに煽った悟空は目を白黒させた。中身は木の実を発酵させた強い酒だったからだ。思わず咳き込むともうおとなになったのにだらしない、と四角い大きな顔が笑った。指で促されてウパに革袋を渡すと、ウパも当たり前のようにその飲み物を口につけた。

 「よそのものに比べれば早いかも知れぬが、我々の慣わしではもうおとなだからな。年が明ければ正式に成人の儀式を行い、わたしもこいつに守り人の跡目を譲る。その前に、この地にあるいくつかの聖地に詣で、それぞれの精霊に力を授けてくれるよう願うのがしきたりなのだ」
 「塔をほっぽってきていいんか」
 「とりあえず今回はあの丘に参るだけで明日の朝には帰るつもりでしたから、一晩だけ部族の他のものに任せてます」ウパが葉に包んで蒸し焼きにした芋を火から取り出して切り分けてくれた。「また暦の良い日を選んで何度かに分けて詣でます。時には何日もの旅になるそうですけどね。父親が健在なものは父親に付き添ってもらい、改めて色々なことを語り合い教わりながら詣でるのです。部族のしきたりや祖先のこと、狩りの仕方など様々なことを」

 ボラがそんな息子を見つつ、太い枝にこしらえたキセルに葉を詰めて火をつけて吹かしている。そろそろ嫁も探さねばならんな、などと皺の目立つようになった頬で半ばからかい気味に呟きながら。

 父親か、と悟空は改めて思った。自分は父親というものを知らない。山の外に出てからそれなりに色んな物を見て、義父というものも出来て、父親というものがどんなものかというのはおおよそわかってるつもりではあったけど、やっぱり自分の中で確たる『父親のイメージ』というのがつかめずにいる。
 妻が今なっている、『母親のイメージ』というものもそうだ。妻だって物心付く前早くに母親をなくしているから、よく「おっ母が生きていてくれたらどうしたべか」とこぼしたりする。自分たち二人はまだ若くて、新米で、頼れる縁も薄く、手探りで毎日人の親というものをやっている。とてもまだまだそんな偉ぶれたものではない。

 星の灯り始めた空を仰ぐ。地表から天上まで、真赭(まそお)から深縹(こきはなだ)へと見事にグラデーションを描いて闇に溶けてゆく空を。
いつか、自分も、大きくなった息子とこうして酒など酌み交わして、早く孫の顔が見たいなどと笑ったりする日があるのだろうか。ともにこのように獲物を喰らい、何かしらを伝えてやれる日があるのだろうか。こんな、素晴らしく広い空の下で。

 

 「そうだ、ひょっとしてこれをお探しなんじゃないですか。父上、アレを差し上げてもよいでしょう?」
 ウパがボラの諾を得て、立ち上がって馬の鞍袋の奥から取り出してきたのは、6つの星を抱くオレンジ色の球、六星球だった。
 「これ、どうしたんだ」歓談と嬉しい再会ですっかり忘れていたが、そうだ、この近くにボールがあるはずだったのだ。それがこれか。では、ボールを持っていてくれたのはこの親子だったのだ。
 「一族の者が2年前に同じように聖地巡りをしていて見つけたのだそうです」
 「そのものがかつて同じ珠を持っていたわたしに預けてきたのだ」ボラは肩の荷が下りたように笑った。「しかしレッドリボンのあの殺し屋のような力ある敵が来たなら、また面目もなく悪しき者にこの珠を渡してしまうやも知れん。孫悟空、お前が持っていてくれ」
 「確かにオラ、今ボールを探して旅してたとこだ。でも、オラじいちゃんの形見の四星球にしか用がねえんだけど」
 「構わない。わたしは昔、孫悟空、お前の祖父も生きかえらせることが出来ただろうに代わりに命を蘇らせてもらったのだからな。今でなくとも、この先なにか必要になることもあろう。今度こそ、お前に願いを叶えて欲しいのだ」
 ウパも力強く頷いた。「悟空さんは、父上の命の恩人なのですから。ああ、息子さんに教えてあげたいです。悟空さんが、どれだけ素晴らしいことを成したおとうさんかということを。どれだけ僕達が感謝しているかということを。いつか、絶対に会わせてくださいね。奥さんにも」

 面食らった悟空は照れ隠しに、また皮袋を受け取って酒を煽った。酒精のせいだけじゃなく胸が熱かった。
 ふと目の端にうつった地平線に、大きな月が登ってくる。やや満月に足りない、ぽかりと明るい夏の月が。やがてボラが獣皮を枠に張り羽根で飾り立てた太鼓を打ち鳴らし、ウパがそれに合わせて一族に古く伝わるといううたを歌いだした。ついでボラが歌い手を引き継ぎ、太い声で。ウパが悟空にその古い言い回しの歌の意味を教えてくれた。いかにも誇らしげに。父親はなおも歌い続ける。
 巣から飛びたたんとする若者の行く手に幸あれと、朗々と、朗々と。

 

 翌朝、彼らと悟空は峠の上で別れた。ウパはできれば悟空について来たい風だったが、馬を置いていくのも可哀想だったし悟空は断った。その代わりにまたいつか会おうと約束を交わして。見る間に上空へ舞い上がっていく筋斗雲を追って、親子はいつまでも馬上から手を振ってくれていた。

 

 5つ目のボールはあっさりとその昼に見つかった。南西亜大陸の砂漠の砂の中。掘り返しながら星を砂の向こうに数える。1,2,3…4。
 「やった、四星球だ。じいちゃん!見つけたぞ!」
 手で珠を包み込む。あたたかいというよりはむしろ容赦の無い日差しに灼かれて熱くすらある。それでも悟空はぎゅっとその手に珠を握りこんだ。こんなに小さかっただろうか、と悟空は思った。いや、自分の手が大きくなったのだ。
 じいちゃん、形見なのに長い間見つけに来ずにごめん。オラおとなになったぞ。ケッコンもした。オヤジにもなったんだ。ああ、今すぐ帰って見せてやるからな。オラの新しい家を、オラの新しい家族を!

 
 雲を急かして飛ばして、悟空はウキウキと東へと家路を急いだ。いや、待て。まだ息子は治っていないかもしれない。先に、義父ならそのへんのところ知っているだろうから聞きにゆこう。

 「悟空さ!一体どこへ行っていたんだべ!」
 「いやあ、ちょっとじいちゃんの形見を探しにさ。見てくれこれ、四星球だぞ、おっちゃん!」
 妻の実家の城に着くなり使用人達が驚いた顔を見せ、知らせを受けた義父が慌てて玄関へとまろび出てきた。時差もあってもう夕暮れ時、満足に灯りも灯りきっていない巨大な玄関ホールに珍しい義父の怒鳴り声が響いた。「バカ!何考えてんだ、おめえは!」

 わんわんと響くバリトンに身をすくめた悟空は、目を恐る恐る開いて義父の巨躯を見上げた。昔魔王とうたわれた人が、見るものを震え上がらせただろう形相でこちらを見下ろしている。
 「4日もなしのつぶてでどっか行っちまって。一日ならそのへんで修行でもしてるんだろうと思って電話してきたチチにもそう誤魔化しといた。んだが待ってても一向に来やしねえしさすがにどこぞで熱でも出してぶっ倒れてるんでねえか、まさかピッコロと戦ってやられちまったんでねえかとすら思ったんだぞ。どんだけ心配したかわかってんだべか!」
 「ご…ごめん、おっちゃん」
 「ごめんと謝る相手がまずあるべ。チチがどんだけ心配したか。さっきも電話あったばかりだが、昨夜など眠れなかったと言ってたぞ。可哀想に、ようやく悟飯が少し落ち着いたのによう…さっさとけえれ。おらからはとりなしの電話入れといてやっから」

 

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 さっきまでの意気揚々な様はどこへやら、雲の澪の勢いも弱く、悟空が大陸東の果ての我が家へ帰ってきたのは更に時差を加えてその地の夜も寝静まっただろう刻限だった。鞄の中に持っていた懐中時計を玄関をあける前に探り見て、悟空は改めてドアに貼ってある福の字に額をつけるようにして項垂れた。
 きっと怒ってる。絶対怒ってる。
 いくら浮かれてたとはいえせめて出かける前一言言うべきだったのだ。なんでそんな浮かれてたかってこの家から解放されるとか思ってしまってたからだ。旅に出て、あっさりとどれだけ得難いものだか思い知ったくせに。あいつの待ってくれてるこの家が。

 …後々同じような反省を何回したものだか知れないが、悟空はほんとうに、心底、この時は真剣に反省した。うーと呻いて、拳を握って、胸の前に構えて、ようやくえいとばかりに扉を叩いた。息子が眠っているかもしれないから、やや抑え気味に。

 

 しかし返答はない。

 「おーい、チチぃ。悪かった。帰ったぞ。入れてくれよぅ」

 やっぱり返答はない。眠っているのか!?寝てないとか聞いたし、あまりに待たせすぎて!?

 「チチぃ!」
 大声で呼ばわってから、悟空は急いで夫婦の寝室にある勝手口に回り込んだ。カーテンは引かれている。勝手口の窓付きドアも中は真っ暗だ。中に人の気配もない。
 りぃん、りぃん。
 足元の何処かでまだ早い松虫が鳴く。花壇のひまわりは水が足りないのか、少しうなだれて月明かりに照らされている。怖くなった悟空は体を浮かせて、家の屋根まで中天の月を背負って浮かび上がった。天窓から寝室を覗きこむために。
 …いない。
 慌てて体を乗り出して、すぐ前にある隣室の息子の子供部屋の天窓を覗きこむ。窓の中には、マットの上に小さな布団を引いておとなしく眠っている息子の小さな頭があった。
 よかった、確かにましになったようだ。悟空は屋根の上でうずくまるようにくずおれて深い安堵の息をついた。暗がりではわかりづらいけど、少し顔に赤い発疹は残っていたものの、息子は熱もあらかた引き、安らかに息をついている。でも、そばに引いてある大人用の客用布団には誰も居ない。妻が、そこに眠っているかと思ったのに。

 と、遠くの方から視線を感じた。悟空は白い屋根の上で起き上がり、立ち上がってあたりを見回してみた。かさり、と川の向こうで動く影。子鹿のように逃げ出す足音。

 「待て!」
 戦闘の如き本気さで、悟空は動いた。屋根を蹴って、生ぬるい大気を斬って飛んだ。白い影は、あっさりと、息子よりもあっさりとその腕のうちに捉えられた。捉えられて、震えて、そして嗚咽をあげて泣いた。

 「悪かった。悪かったって」
 立ったまま妻を抱きしめ、悟空はひたすら謝るしかなかった。他に何も言えずに。風呂に入った後の、まだ濡れた妻の黒髪をゆっくりと指で梳(くしけず)ってやりながら。川の流れのように艶やかなそこに、一匹ホタルが止まった。夏の夜の熱の中の氷のように儚げな、静寂をこり固めたような光を放っている。足元にも、ぽつりぽつりと。

 ホタルを、見てたんだ。と、妻が落ち着いてきた息の中からようよう言った。夕方、かみなりが鳴ったんだ、とも。うん、と悟空は返し、あのな、と事情を話そうとした。妻は首を振った。
 「聞くのは明日でいいだ。だから、今はこうしていてけろ」
 うん、とまた悟空は頷いた。肩からかけた鞄が抱き合うのに少し邪魔で、妻の体温を感じるのに少し邪魔で、後ろ手に急いで背中に回して思った。

 じいちゃん、オラ、全然いい旦那じゃねえけどさ。
 知ってっか。牛魔王のおっちゃんの娘のチチだぞ。こいつはいい嫁だ。かわいいやつなんだ。また明日、ちゃんと明るいところで紹介するから、だから今晩はちっと、そっぽ向いといてくれよな。

 

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 翌朝、やっと家族揃って朝食を久しぶりに食べて。
 その席で、悟空は祖父の形見の珠を妻と子に初めて見せた。息子の、少し赤い跡の残る手に持たせた。その手がやっぱりあんまり自分のと比べて小さくて、悟空は頬をすぼめて笑って、妻がまだ伝染るかもと止めるのも効かず何度も珠ごと包んでやった。

 「さあ、もうちょっと寝ろ、悟飯。元気になったら、父ちゃんの旅の話をしてやっからな」
 「うん、おとうさん」
 今回も、急ぎの旅だったとはいえいろいろな動物や植物を見た。また話をしてやろう。元気になったら、今度はもっと気をつけて、山歩きに連れて行ってやろう。

 「悟空さ」寝室に寝かしつけに連れて行った妻が、息子の帽子を抱えて帰ってきた。「その爺様の珠、ちびっと貸してもらってええだか?」

 渡してやると、帽子の丸い頭頂部にあてがい、角度を塩梅して、こうかな、こっちのほうがいいかな、とブツブツ言っている。
 どうするんだよ、と問うと、妻はニッコリとして答えた。 「ここにつけてたら、目立っていいべ。外に連れてく時は今度からこの帽子をちゃんと日除けにかぶらせるだよ。きっと悟飯爺様が、どこに行ったって、悟飯ちゃんのこと守ってくださるだ」

 そりゃ名案だ、と悟空は笑った。笑って、皿洗いに流しに立つ妻の後ろからちょっとの間覆いかぶさるように抱きしめて、ひとつ呟いて、リストバンドを外して妻の隣から泡にまみれた皿を受け取ってやった。

 その言葉に笑ったかのように、白いテーブルクロスの上で3つの珠が朝日にきらめく。

 なんて言ったかって?そりゃ、旅から帰った時についつい人が口にしてしまうごくありふれた言葉に決まってる。悟空さでもそんなふうに思うんだな、と妻がクスクスと笑った。窓の外では、出かける前と変わらず、今日も蝉がみぃん、みぃんと鳴いている。

 ああ、やっぱ、家が一番だな。

 

 

 

 

 

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