このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ござ いません。
ブログの本体はこちらになり ます。あ とがき・もくじもブログのこのページになります。よろしければ、拍手するWEB拍手小説投票で感 想をお寄せください。


wear2(後編)


 
 へえ、そりゃ勿体ねえことをしたな。チチ、オラが帰ってくるからってそんなに気合入れて晩飯用意してたんか。

 そうですよ、何日も前からシチューを煮込んだり。ほら、お父さん好きだったでしょう、牛の尻尾のやつ。燻製を作ったり、ケーキの練習したり。

 そっかあ。この界王神様たちの飯もうめえけど、やっぱチチの料理食いたかったなあ。弁当でも持ってきてくれたらよかったのに、結局一口も食えなかったもんな、あいつのメシ食うの楽しみにしてたんだぞオラも。

 家に帰ってからの方に力入れすぎてお弁当まで手が回らなかったんですよ。今朝は今朝で、この服がいいかとかこっちのがいいかとか僕や悟天にまでいちいち聞いて大騒ぎしてましたしね。ほんとに。おかあさんずっと楽しみにしてたんですから、ひと月前から。

 …そうだよな。

 …そうですよ。泣いてたでしょう、おかあさん。

 …ああ。悟天もな。

 



 久しぶりに息子の小さいころの夢を見たのは、そんな風に親子でしみじみ話したからかもしれない、と、木陰の居眠りからぼんやりと目覚めたあと悟空は大の字で桃色の空を見上げながら目をこすり思った。尻尾をふりふり、おっかなびっくり、つかまり立ちからはじめて一人歩きをはじめたあの頃の夢だ。妻と競い合うように、こっちに歩いておいで、次はこっちに、と熱心に息子に向けて腕を広げ招いた、まだふたりともはたちくらいの初々しい記憶。
 この昼寝の間にどれくらい時間が経ったのだろうか。現世から戻った後、悟空が界王神界に来てから1日半あまり。息子…といっても、悟空が知らぬ間にもう一人増えていたから区別するとしたら長男坊と言わないといけないが…は、少し離れた小高い丘の上でおとなしく結跏して、年寄りの界王神の方から『かくれた力をひきだす儀式』とやらをいまだに施されている。

 あの儀式の前にゼットソードとやらを使いこなすための訓練をしていた一日のあいだに、飯をくったり寝る前など、疲れている中ではあったが長男坊は悟空が現世からいなくなってからの7年間についてのいろいろな話をしてくれた。妻のこと。義父のこと。村のこと。意外とよく会うようになったらしいブルマとトランクス、ベジータ、その他の仲間のこと。勉強のこと。行き始めた学校のこと。そこで出会ったビーデルと言うあの娘に舞空術を教えることになった経緯。そして多かったのは下が生まれてからのこと。よく食べた、歩き出すのが早かった、やんちゃで困ったなどの、他愛もない父親代わりとしての感想。時間に漂白された、7年の楽しげな思い出。
 そんな話を聞きながら長男の時にはどうだったろう、と思い返したりしていたから昔の夢を見たのだろう。

 「よく寝ておられましたね、悟空さん」
 後ろの方から大きな饅頭のようなものを山盛りにした椀を抱えた界王神が声を掛けてきた。
 「まったくいい気なものだ。お前の息子やわたしたちが儀式のあいだじゅう神妙に起きているというのに」
 「んなこと言ったってよう、退屈なんだもん。オラどのくらい寝てた?」
 「4時間ほどでしょうか」言いながら界王神は椀を悟空の前に置いてくれた。付き人のキビトもフラスコのようなピッチャーを手渡してくれる。ありがてえ、と早速一つかぶりついた。
 「じゃあ結構寝てたんだ。しかしなあ、なあ界王神様。あれからずいぶん時間たってんだけどほんとに悟飯のすごい力引き出してくれるのかな」
 「さ…さあ…大丈夫と思いますが…自信がおありのようでしたから…」
 キビトを振り向くとこちらに話を振るなと言わんばかりにどっかとあぐらをかいてそっぽを向いて本など読んでいる。

 もう一つ饅頭にかぶりつきながら悟空は考えた。あれ以上どーんと力を増すなんてこと今更ありうるのだろうか。あの息子は自分が7年前その差に内心絶望を覚えたほどの高みにすでにたどり着いてしまっているのである。なんとか今追いぬけたかもしれないが、それだって現世では使えない反則技のようなものを使った結果のことだ。この7年、楽しい日々を過ごしてさっぱり修行もしていなかったらしい息子にさらにこの上があるだなんて正直言えばあまり信じたくはない気持ちだった。そうでなければ汗水流して必死に努力した今までの時間が馬鹿らしいし、だからおそらく、この後もし一気に力を引き出してやろうと自分が言われても断るだろうと思っている。

 だからと言って息子…現世に残してきた息子たちもだが…が強くならないことには地球は守れやしないのである。自分はもう何もできない。
死ぬというのは、7年前にわかっていたはずのこととはいえ、そういうことなのだ。
 妻が嘆いていたように長男坊が死んだのでなくて本当に良かった。いくらドラゴンボールでまだ生き返ることができるとはいえ死なないにこしたことはないに決まっている。せめてもあのとんでもない敵を倒せるだけの力を得てまた現世に戻って欲しい。そしてまた話してくれたこれまでの日々のように楽しく元気に生きていって欲しい。自分ができなかった分、妻を…そして、いずれ彼にとっての嫁になるだろう娘を大事にして。

 

 一方自分は、と、更に考える。これから始まる、帰るべき場所もない途方も無い時間をどう過ごせばいいのか。いくら一人でわざを磨くことにこの7年執心してきたとはいえ、それは、息子にこの7年どうしていたのかと問われた時に語るべきことの量に窮したように、あちらが話してくれたそれに比べれば恐ろしく空虚な孤独で単純な時間だった。どんな修行をしてどんな技を身に着けたか、それしか己のしかと語れることはなかったのである。
 北の界王やバブルスが居たとはいえ、おのれは他者から見ても自分の意識の中でもこの天界にあってはずっと異邦人だった。それでもその孤独に気づかぬふりでこられたのは、10年前妻に約束したようにいつの日か帰るという楽しみがあったからだ。
 しかしこれからはまた違う。懐かしいひとびとに再度会えるにしてもそれはこの7年のさらに何倍もの時間の先のことであろう。ベジータなど、かつての悪業のために地獄行になってもう本当に会えないかも知れぬものもいる。その、いつかも知れぬ再会を心のよすがに、また孤独を見ないふりをしてこの時の流れぬなんの変化もない、雨もふらず風も吹かぬ夜すら無い世界でひたすら技を磨いていくのだろうか。それは養祖父を失った後、山奥にひとりきり住まいしていた頃とさほど変わらないことではないのだろうか。

 

 暇つぶしにそんな思考を巡らせながら、息子を見守るともなく見守りつつまんじゅうを無表情にもそもそ食っていると、首筋から背骨を割り裂くような恐ろしい気の感覚がした。かつて現世で対峙したものとは似ているが、それよりもっと容赦のないような、真っ正直な残酷さをもった苛烈な気。

 「魔人ブウだろ?この気は…どういうことだ?」
 問うても、さあ…と言う答えしか返ってこない。

 唇を噛み、拳を強く握った。こめかみを冷や汗が流れる。
 どうなっている。こんなの、残してきた息子たちに手に負える相手ではない。こちらの息子にも、無理かもしれない。
 ああ、自分が時間稼ぎにと変身したあの時、チビたちに任せるとか格好をつけずにやってしまうべきだった。さもなくば軽率に変身して時間を削ったりせず、現世に残るべきだった。勝てぬにしても守れたかもしれないのに。仲間たちを、チビたちを、あの女を。

 最後に見た、妻の顔が浮かんだ。長男坊をなくし、この上次男坊まで失ったら、と泣き崩れる寸前だった妻の真っ青な顔。抱きしめることすら壊してしまいそうで怖くて、身勝手にそのまま抱えて連れ返りたくなりそうで怖くて、自分は手を包んでなだめることしかできなかった、そんな妻の心細気な姿。

 無事で居てくれ。どうか。せめて、あいつが強くなって自分の代わりに戻るまでは!

 

 

 


 

 

 煉瓦の内壁の喫茶店の、入口近くの公衆電話から戻ってきた短いワンピース姿の妻がただいま、と向かいの席に座り、悟空はモーニングのかつサンドを一口に頬張りながら、おう、と応じた。
 あの闘いから3日ほど、昨夜なりゆきで夫婦二人だけでホテルに泊まってきて、これから家に戻ろうと言うところである。朝7時、南の都の繁華街の一角のやや寂れた個人経営の喫茶店はあまり客もおらず、悟空と妻のほかには、同じように近くのホテルからの朝帰りというふうなカップルが一組、なんだか気まずそうに無言でコーヒーを啜るばかりだった。
 「悟飯、今日は学校休むんだって。悟天見ててやるからゆっくりしてこいって言ってたべ」
 「いいんか」
 「昨日登校したけど、ビーデルさんが今週はほとぼり冷ましに休んでるんだって。サタンさんの娘だからってビーデルさんにコメントもらおうって記者とかが学校にも押しかけてくるから。巻き込まれたら面倒なことになるって昨日の朝おらもあの子が学校行くの止めたんだし、今日はいいんでねえか。トランクスみたいにばれて学校自体行けなくなったら大変だしな」
 「ふうん」

 相槌のあと会話が途切れ、妻はベーグルサンドについてきたオレンジジュースをストローで吸い上げ、悟空はいつしか飲めるようになったコーヒーを啜った。店内のラジオは、家とは違う地域のため聞いたこともないパーソナリティーが、経済情報などのつまらない数字を読み上げている。
 なんだか落ち着かない気分で目を巡らせた悟空は、二人の間にあるメニューの立て札に目を留めた。「そういや、こないだのケーキ美味かった。こういうチョコのやつ。悟飯に聞いたけどオラが戻ってくる前ずいぶん練習してくれてたんだって?」
 戻ってきた日は予め用意していたという食材が、闘いで3日ほど留守にしていたために半分ほどだめになったとかで妻がこちらの一日だけの帰還の晩に構想してたような大量の御馳走はできなかった。しかしこれなら大丈夫というので大きなチョコケーキを手間を掛けて綺麗に焼いてくれたのだった。甘いものはさほど好きではない悟空だったが、妻がつくる菓子は不思議と入る。
 「…でも今考えたら、なんかチョコってのも食いづれえというか、皮肉っぽいべな。なんでもあの時みんなチョコにされてブウに食われたっていうじゃねえべか」妻が卓の向こうで、ゆうべから下ろしたままの髪を肩から後ろに落としなおし、両手で頬杖を組んだ。
 「ああ、そうだそうだ。オラも向こうで見てた」
 「おらは直に知らねえんだけどな。その前に死んじゃってたし。生き返った後みんなに聞いたところじゃ『悟飯ちゃんをかえせ』ってブウをはたいた時卵にされてつぶされたそうだけど…さあ、どうすべか。昨日賞金もらったのあるし、もうちょっと時間つぶしてどっかデパートでおみやげでも買っていってあげるべか、あの子達に」

 こちらのモーニングについてきた、食べ終わって殻になった半熟卵を指差して笑う妻。悟空はその顔をまじまじと見た。向かいに座る、寝不足で気だるげな、透徹な朝の陽光に照らされた妻の顔。遠い昔、何度か、例えば義父に息子を見てもらって二人でデートに行きホテルにしけこんで帰りにこういう風に茶を飲んだりした時のことを思い出した。
 少しめかしこんだいつもの旗袍とは違う格好。今日は成り行きの結果そうなったにせよ、それも昔そんな時デートだからって精一杯めかしこんだ妻の姿を思い起こさせたし、ストローに口をやる時に耳の横の髪を気にするしぐさや、なんだか卓ひとつ分の上半身の距離、触れそうで触れない足の距離がもどかしいような気がして、直前に必死に求め合った時間のことを思い返して、嬉しいような哀しいような気まずいような不思議な感覚、今感じているそれもあの頃と同じなのだった。

 それを実感すると、何か、胸の奥が潰れそうな懐かしい感覚がした。そして、そんな無茶なことするんだったら、やっぱり、自分が現世に残って止めてやらなきゃいけなかった、と、苦い黒い汁の最後の一滴を啜りながら強く思った。

 

 


 

 「ちょっと、寄りてえとこあんだけど」 
 「ん?珍しい。どこだべ」支払いを済ませ店を出て、財布をかばんにしまいながら妻が問うてきた。 路地の向こうにあるのだろう大通りの方からは通勤ラッシュの騒がしい喧騒がこちらまで聞こえてくる。「あんまり遠いとこはかんべんしてけれよ。あの子たち一晩ほったらかした上あんまり待たせたら可哀想だべ。どうせなら一回帰って遊園地とか…」

 「ああ…そうだな。んじゃいっぺん帰ってみんなで牛魔王のおっちゃんとこ行くか。そんで後で二人であそこ行こうぜ。昔いっぺん連れてってくれたろ。おっちゃんちの近くの、オラたちが最初に出会ったってとこ」

  妻が足元の花壇に植わったベゴニアのように、頬を紅くして笑った。「ホントにどうしちまっただか、悟空さってば。7年たったらそんな嬉しい事ばっかり言ってくれるようになっちまって。ゆうべだって」

 何も言わず、悟空は苦笑して、隣から妻の腰を抱き、瞬間移動のために額に指を当てた。妻が悟空の肩に、恥ずかしそうに、でもうっとりと安心をして頬を寄せた。
 『ここで出会ったあの日から、7年近く、おらがどんな想いで待たされたと思ってるんだべ』
 新婚の頃、新居への引っ越しの前にそこに連れられていって散々ふざけ混じりに愚痴られたその言葉を、もう一度聞きたかったのかもしれない。ゆうべは久々に身体を重ねることに夢中で、重なったことに満足しすぎたせいか、いつか帰ると約束しておきながら7年も待たせてしまったことにはなんの咎めもなかった。だから、むしろ、咎められたかったのだった。この女を守りきれなかった自分を。軽率に時間を削って、あの世に戻ることを選択してしまった自分を。

 

 かつてこの女が持っていた、刺々しいまでにこちらに向けられていた『自分を傷付けないで、大事に愛して』という摘まれる前の花の嘆きのような想いは、7年の間に『妻』ではなくなりただ『母親』だけであった日々に摩滅されて物足りないまでにただ優しくなってしまったように思う。でも、それでも、だからこそ、死んで後にもこの女を想っていてよかった、と改めて思うのだ。
 知らないだろう。こちらはこちらで、現世に一日帰ると決めてから、道着を新しくつくってもらったり身を清めたりし、どれだけ会えることを楽しみにしていたか。過ごせるはずだった一晩、どんなふうに抱き、気持ちを伝えようかとどれだけ考えたことか。いざ現世に戻って顔を見れば、なぜ7年も帰らずに要られたのかと思った。皆の後ろから呼びかけてこの女が振り返った時、そして涙をこぼして旗袍を翻し必死に駆け寄ってくれた時、どれだけ胸が高鳴ったか。

 いっときとはいえ、会えないことの辛さに、恋しがることをやめてしまおうかとすら思った。それはできなかったものの、そんなこと企てた自分をいくらでも咎めてくれて構わない。
 だから初めて会ったあの場所に行こう。そして改めて言おう。想いに気づいたばかりのあの新婚の日と同じに。さんざんこのひと月、言おうとふところで温めていた言葉を、今こそ。

『7年も、ずっと待ってくれてて、サンキューな』と。


 

 <前編へ戻る>



あとが き・ もくじ(ブログ)
小説投票
拍手する