このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ござ いません。
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sound4(中編)


 

 「ねえねえ、ビーデル、悟飯くんと早速一泊旅行するんだって?すっごーい!」

  9月に入って一週間ばかり、期末試験中のしばしの息抜きの昼食時間のしょっぱなから別のクラスの知り合いにそんな言葉を浴びせられ、ビーデルは思わずロッカールームで自分のロッカーの赤い扉を殴りたくなった。朝からおなじ質問を何回されただろう。「付き合い始めたばっかりだってのに進んでるゥ、ねえねえ、もう最後まで行っちゃう気なの?それとももう済ませた?」

 そして同じ否定をするのも何回目だろう。
 「いい加減にしてよ。一泊旅行に行くのは悟飯くんの両親なの。悟飯くんからのお誕生日プレゼントなの。その相談をしてただけなの!」
 ええー、と、聞き耳を立てていたのだろう周囲からも一斉に落胆の声が上がった。
 なぁんだ。つまんないの。あたしなんか夏休みにさぁ。えっ、マジ!?どうだった!?
 それていく話題を彩るキャピキャピしたジョシコーセーたちの黄色い声に思わず頭を抑えながら、ビーデルはそっと輪を離脱し急ぎ足に校舎を出てかけ出した。手の中には大量の弁当がカプセルに詰められて大事に握りこまれている。

 

 「ホント参っちゃうわよ。これというのも全部イレーザがペラペラ広めたからよ。もうしばらくは口きいてやらないんだから」
 ビーデルは弁当のハンバーグをパクツキながらぼやいた。講堂の外の階段の隣りに座った孫悟飯が、のんびりと苦笑しながらサラダを頬張る。
 講堂の裏はかなり校舎から離れているため、めったに他の生徒もこうして弁当を広げに来たりしない格好のポイントだった。ここ数日はもっぱらここが付き合い始めた二人の逢引の場所である。合歓木(ねむのき)のピンクの花がささやかなアクセントになっているちょっとした庭になってはいたが、あまり業者も手入れにはいらないものだから夏草がぼうぼうと伸びっぱなしで、日陰も少なくて暑いし、結構蚊も多いのだけど静寂な二人の時間には替えられない。特に今はともかく雑音から離れる時間がビーデルは欲しかった。
 休み前までは昼食はもっぱらイレーザたち級友と学食で済ませていた彼女だったが、あんなところで食べようものなら先ほどのような格好の噂話の的だ。夏休み明け早々学校に行ったらばすでに二人が10日ほど前から付き合いはじめたことはあっという間に知れ渡ってしまっていて、さすがに小学生みたいにあからさまに二人まとめて囃し立てられたりはしなかったもののちょっと隙を見せると質問攻めにあった。

 いつ付き合い始めたの。
 いつから好きだったの。
 どっちから告白したの。
 初デートはどうだったの。
 もうHした?

  繰り返される同じような質問。ああ、もう飽き飽きだわ!

  ことさらに自分が男っぽいとは思ったりしないし、普段女の子の輪の中で他の子がそんな話の的になってる時だって別に嫌悪したりしないで普通に混ざっていられると思っていた。でもビーデルはこの一週間で思い知った。自分がこれほど硬派というか、人前でデレデレできない人間だったとは、と。むしろ隣の彼のほうがなにか質問を受けても嬉しそうにへらへら答えているのである。さすがに人前でイチャイチャしてきたりするようなことがないのが救いだったが。
 「ビーデルさんサタンさんにパーティの出欠聞いといてくれた?」
 「う、うん。次の日曜よね。スケジュール空けられたし行けそうって」
 「午後3時にはカプセルコーポレーションに来てね、ってブルマさんが。僕達一家は前日からそっちに行くけど、お父さんとお母さんには他所で泊まってきてもらって、帰ってくるの待ってパーティ始めるから」
 「わかった。びっくりするでしょうね、一泊旅行のプレゼントなんて。ワンナイトクルーズとか素敵」
 「新婚旅行以来まともに二人で旅行なんて行ったことないって言ってたしね。ブルマさんの思いつきだけどぜひ協力させてもらおうって思って。おかあさん喜んでくれるといいなあ。悟天もそれまでに機嫌直してくれてればいいんだけど」

  新婚旅行。

  そんなワードに思わず胸をときめかせてしまう自分自身にビーデルは驚きを禁じ得ない。旅行。旅行。二人きりの旅行。ふたりきり。
さっきだってそうだ。その手の話題の中心といえば、直截に言ってしまえばセックスだ。17歳、興味津々のお年ごろ揃いなのだ。
 自分たちだっていつかそういう時が来るのだろうか。案外近いことなのかもしれない。この人の両親だって、自分の両親だって、自分たちと大して変わらないはたち前で結婚して子供をつくったのだから!

  ささやかな木陰の中、真っ赤な顔になって今までパックのカフェオレのストローをすすっていた唇を引き結ぶ。もう2週間前にもなるのにまだ忘れられない唇の感触。遊園地での初デートの最後にされた時、まさかその後の展開がすぐとか思ったけど無くて実は安心したものだ。でもやっぱりそのうちには…

  「ごちそうさまぁ」
 隣の人が箸を置いた。はっとして慌てて、カフェオレのパックを握りしめてしまってストローから噴出させてしまった。
 「ああっ、ごめんなさいっ、悟飯くん」
 はは、と陽光の中のんきな笑顔が返ってくる。「あわてんぼだな、ビーデルさんは。ぼくは大丈夫、コンクリに零れただけだし」
 失敗が気恥ずかしくて、慌てて何も答えられずにティッシュを取り出して拭いているビーデルのすぐそばに、無骨でまだどこか少年ぽくていかにも朴訥そうな孫悟飯の手が同じくティッシュを摘んで伸びてきた。
 「おいしかったよ、ビーデルさん、分けてくれてありがと。こんなにいっぱい作ってきてくれて大変でしょ」
 「だいたいは…うちのシェフが作ったのよ。悟飯くんのお母さんのこっちのお弁当のほうがおいしいわよ」
 「でもこれも美味しかった。特にこの、ビーデルさんが作ったたまごやきとか」

  なんでわかるのかしら。
 ああ、ひときわまずいからだわ。
 でも。

  合歓木の花よりもっと頬を染めてビーデルはつぶやいた。「…嬉しい」

 やっぱり他人には見せられない。手を重ねただけで、こんなに自分が蕩けそうな笑顔になってしまうところなんて。
 暑くったって、蚊が多くたって、セミがうるさくたって、…こんな楽園、他人には絶対教えられないの。イレーザ、あんたにだってよ。

 

 でも、と少し彼女と帰りをずらして一人校舎に戻りながら悟飯は思う。余計な心配をかけるから彼女には敢えて言わなかったけど。
 母親はここ数日体調が良くないようだ。夏バテだろうと本人は言っているし弁当も今朝ちゃんと作ってくれたのだが、なんだか悩み事でもあるような雰囲気だ。父親と何かあったのだろうか。
 もっと具合を悪くして行けないとかなったらどうしよう。…こんな母親のさまは昔いつだったか見覚えがあるような気がするのだが。

 

 


 

 その朝久々の西の都の自室で目覚めたベジータは、目覚めた途端忘れようにも忘れられない、明朗であけっぴろげな2つの気が鼻先にちらついているのに気づいてシーツの上でげんなりとした。頭をかかげてヘッドボードの大きな液晶表示の時計を確認すると土曜日の朝9時だった。

  くそ、もう近くまで来たのか、あいつらは。

  心のなかで悪態をついて頭を掻いて起き上がり、自室に付いているバルコニーに出る。わざわざ玄関から出て行くのも面倒なのでベジータは自室を空から出入りしやすいこの部屋にいつしか決めた。妻とは部屋を分けている。出かけたくなったら出かける。妻の部屋に通いたくなったら通う。重力室にこもりたくなったらこもる。そんな気ままができるこの家が、不本意ながらやはり気に入っている。
  先のブウとの戦いの後の3ヶ月は、妻と息子は俗世がやかましいことになっているので、別の屋敷に避難していた。至極マイペースな妻の両親は不定期にこことあちらを行ったり来たりしていた。ベジータはたまにあちらに行ったり、山籠りのようなことをしたり、たまにこちらに戻ってきて重力室にこもったり、まあ闘い前とさして違いもなくやはり気ままにやっていた。
 違いといえば、まあ前より多少トレーニングに張り合いが出た、というところである。今からここにやってくる男どものひとり、カカロットが黄泉帰ったからだ。お前がナンバーワンだなどと認めてやりはしたけれども、追いつくのをベジータは投げてしまったわけではない。

  ゆこうとしている夏の終わりの抜けるように青い朝の空を見上げていると、そのうちきらりとクリーム色の機影が見えて、玄関ゲートの前にある駐機場の芝の上に見る見る間に降り立つ。バルコニーに肘をついて上から見下ろしていると、しばらくして2人男どもが連れ立ってフライヤーのステップを踏んでどやどやと姿を見せた。ついで、運転していたほっそりとした黒髪の女が。機体に、玄関に出迎えに来たベジータの妻子と、10日ほどこちらに遊びに来ている、カカロットの次男坊が声をかけ近づいていくのが見えた。

  なんだ、結局来たのか、あの女は。
 ベジータは鼻を鳴らした。一昨日別荘の方に電話が来て、『具合が悪いから無理かも、とか言ってるのよ、どうしよう』とか妻が気をもんで大騒ぎしていたのだ。明日の日曜に宴会がこの家であるのだが、あの女…カカロットの妻の誕生祝いが目的の一つなので、来られなくなったら激しく妻にとって興醒めなことになるのである。
 そのまま寝起きの水をきらきら反射するペットボトルから飲みながら見るとも無く見ていると、なにやらカカロットの長男坊が拍手をしてパンフレットのようなものを渡し、ベジータの妻がカプセルを芝の上に投げた。現れたのはつややかに塗られたオープンタイプの高級なスポーツカーだ。
 この二人が、これから明日までカカロットとその妻に旅行を楽しんでもらうという誕生祝いの計画を建てたのだった。ベジータもさんざん昨夜内容について聞きたくもないのに聞かされていたものだから、多少反応が気になったのでそのまま見ていることにした。

  「一日早く来いって言うから何だと思ったらそんなこと企んでたんだべか!」

 素っ頓狂な高い声がここにまで聞こえてきた。でも悪いだ、だの、遠慮しないで楽しんでらっしゃい、だの遣り取りをするのをしばらく眺めていたベジータだったが、朝っぱらから暑い日差しを顔に受け続けたのがうっとおしくなってきて、とりあえず顔でも洗うか、と踵を返そうとした。
 と、こちらを見上げてきたつんつん頭の男と目が合った。珍しく道着姿でなくかっちりとしたパンツ姿の格好をしたその男はサンキュー、などとぬかしながら大きく手を振ってきた。
 この計画に何も関与していないベジータは、くしゃみを我慢しているような顔になって、余計に顔を熱くしてさっさと部屋に入っていった。

 

 

 「そんでバツが悪くなってベジータは朝飯もそこそこにさっさとでかけちゃったわけよ。まあ明日のパーティまでには戻ってくるって言ってたから別にいいけどさ」
 土曜の夕方、パーティの設営に泊まりがけで呼びつけられたヤムチャは、倉庫から運んできたテーブルに寄りかかりながら苦笑した。呼びつけた側のブルマはのんきにそばで煙草をふかしている。
 恐竜も飼っているため温度を高めに設定しているこの家の中庭は南国風の花が多く植わっていて、赤い短いワンピースを歳の割にはよく着こなしている華やかなブルマの雰囲気によく似合っている。彼女はあいも変わらず偉そうなものだがそんなことに腹を立てていては別れてから後にも友達付き合いなど出来やしない。二人の男女としての仲が終わった以降ブルマには子供ができヤムチャは彼女がいたりいなかったりだが、セルゲームの後にはヤムチャはたまにふらふらっとこちらに遊びに来るようになった。なにせ出て行くまで15年近くも暮らした家なので、どこかまだ家族という感覚が残っているのかもしれない。
 ベジータはヤムチャが来ること自体には特に表立っては嫌がってはいない。見かけても特に何を言われるわけでもない。無視されているといったほうが正しいのかもしれないが、余裕と見るべきなのかやせ我慢と見るべきなのか。

  「で、悟空とチチさんは?」
 ブルマが煙を吐き出しながら答えた。「子供たちを置いて自分たちだけ、とかなんとか言ってたけど、二人で出かけさせたわよ。孫くんに運転させてね。ナビもつけてるから迷うことはないでしょうよ。割と急な話だったから、ちょっと遠い港からこっちに来るやつしかいい部屋のやつ取れなかったんだけどさ、クルーズ船」
 「まあ喜んでくれたんなら良かったじゃないか。俺にも一口のらせてくれればよかったのに」
 「あまり出すお金が大きくなったら余計チチさん済まながっちゃうわ。だから一応うちの関連会社の依頼としてモニターをやって、ちゃんと報告書書いてくれっていう逃げ道は作ってあげたわよ。孫くんと一緒に書くのよって。その報酬込みだと思いなさいってね」
 そっか、とヤムチャは応じ、とりあえずすべてテーブルセットを配置し終えたし、広い中庭の向こうで遊んでいるトランクスと悟天を休憩がてらかまってやることにした。プーアルは今日は自分のバイトがあるので来ていない。

  「そういやチチさんって具合悪かったんだろ?大丈夫なのか」

 そう聞くと ブルマは携帯灰皿にタバコを押し付けながらからからと笑った。
 「行く前に内緒で教えてくれたけどさあ、なんでも生理が一週間ばかり遅れてたのを、もしかして妊娠したんじゃあとか気にしすぎてたんですってよ。ちょっと夏バテ気味だったけど、それで微熱があるんじゃとかだるいんじゃとか食欲ないんじゃとか吐き気がするようなとか大げさに思ってたんですって。やーねえ、小心者なんだから」

 内緒じゃなかったのかよ。
 なんだか女子校での女子同士の下世話な話をうっかり聞かされてしまった気分になって、背中を丸めてポケットに手を突っ込みながらのろのろ歩いて行ったヤムチャであったが、トランクスがソテツの木の向こうからその姿を見とめて駆け寄ってきた。ヤムチャは割りとこの二人、トランクスと悟天になつかれている。

  「こんちわ、ヤムチャさん。この曲わかる?」
 トランクスの差し出す五線紙のプリントをヤムチャは受け取った。「なんだよこれ」
 「来月オレの学校の運動会で鼓笛隊やるんだって」トランクスの手にはカスタネットが握られている。なるほど、とヤムチャは楽譜を眺めた。一昔前の映画音楽のアレンジのようだ。
 「昨日学校に来月から戻るってママと挨拶に行ったら楽譜渡されたんだ。みんな夏休み前から練習してるけど、オレずっと学校休んでたからカスタネットなら簡単だからってさ。でも楽譜だけじゃ音楽の感じわかんなくて。
 明日はヤムチャさん今年の正月のパーティみたいにギター弾くでしょ?持ってきてるなら弾いてみてよ。オレ合わせて練習したいんだ。いくら休んでたからってこんくらいちゃんとできなきゃ恥ずかしいじゃん」
 「まあブルマが弾けって言うかもしれないから念のため持ってきてはいるけど」ヤムチャは懐からカプセルを取り出した。少なくともこの3,4年、年末か年始にはかつてここに居候してたものも寄り集まってささやかな宴会をしている。毎回かくし芸的なことをさせられるので、今年はヤムチャはギターを披露したのだった。

  中古で手に入れたアコースティックギターの、ガットの具合を確かめてチューニングを適当に合わせて、聞き覚えのあるその曲を適当に爪弾いてやる。同じ楽譜を脇から真剣に見つめながら、トランクスが、口でうんたんうんたんと調子を取りながらカスタネットを叩いている。なんだかその横顔を見ていると、やっぱり元カノの何か熱中している時の昔見慣れた横顔によく似ていて、もし自分たちの間に子供ができていたらこんなだったのかもしれない、と思って妙に面映いような考えちゃいけないことのような、奇妙な心持ちがした。途中でしるしを見失って戸惑っているのを横から口を出して一緒にうんたんうんたん言っていると、余計にそんな感じがした。

  リピートに入ったところで楽譜から目を上げると、悟空の次男坊の悟天が、中庭の芝生に置かれた岩の上に三角ずわりをしながらヤムチャの手元をキラキラした眼差しで見つめている。にやりとしてちょっと手馴れてきたしコードで伴奏など付け加えてやると、身を乗り出して見入ってきた。ジャン、ジャン、などと景気良く和音を奏でてひととおり演奏が終わった。悟天が拍手をしてくれた。
 「ヤムチャさんやるじゃん」
 「ギターって言うの、それ。かっこいいねえ」
 「かっこいいだろう。モテるんだぞ、ギター弾けると」ヤムチャは笑った。ギター自体をそういう目的でちゃんとはじめたのは最近になってからだったが、昔荒野にいた頃には獲物がない日や砂嵐で外に出られない日など、暇で仕方ない時の手慰みによく月琴など土地の楽器を弄んでいたのだった。だからまったく基礎がないわけではない。「ホントは二胡のほうが得意なんだけどな。ここらじゃ楽器売ってないから最近弾いてねえや」
 「うちってママもおじいちゃんもおばあちゃんも楽器なんて全くできないからさぁ。悟天のママはピアノ弾けるんだろ?悟飯さんも昔ちょっとやってたんだっけ」
 「…」
 悟飯の名を出されて、あからさまに悟天は眉をしかめてそっぽを向いた。脇に植わっているデイコの赤い花をブチブチとむしっている。
 ずっとすねてんだよ、とトランクスが横から耳打ちをしてきた。先日ブルマにも聞いたが、なんでも、夏休み中に悟飯と遊ぶ約束をしていたのを脇からビーデルとの約束に割込まれて立て続けになしにされたのがきっかけでずっといたく機嫌を損ねているらしい。それで遊び相手を別に与えてちょっと距離をおいた方がよかろうと、悟天だけブルマに預けられたのだそうだ。今朝だってやってきた悟飯にそっぽ向くのを見て、ブルマが悟飯を、せっかく都に来たんだからとブルマの親を付き添わせて大学見学に送り出したのである。

  「ボクお家帰りたくない。兄ちゃんはこれからだってずっとビーデルさんの方が大事なんだもの。お父さんだってお母さんだって、ボクのこと放って遊びに行っちゃうしさ」
 トランクスがヤムチャを見上げて肩をすくめた。
 「ボクここんちの子になろうかな。前におかあさんにこっちに引っ越したいってお願いしたらダメって言われたけど、そんならボクだけこっちにずっと住む。トランクス君と学校に行って、他のお友達いっぱいつくって、いっぱい楽しいところ行って遊びたい」

 ヤムチャはちょっと眉を顰めた。そして一音強くギターをはじいた。音は、巨大な建造物の内に作った中庭のドームのあちこちにぶつかって共鳴を残していった。
 「お前ね、そういうこと言うもんじゃないよ。せっかくおとうさんが帰ってきて4人一緒に暮らせるようになったのに」
  悟天はまだ唇を尖らせて拗ねている。悟空に似ているけど、悟空とは違うなあ、と改めてヤムチャはその横顔を見て思った。甘ったれの、大事に育てられてきた、そうしてくれる親兄弟のことが大好きな、彼らとちょっと距離を感じただけで世界が終わりになるかのような顔になってしまう、小さな子供。

  こういうのが普通のこどもなのだ。悟空や、悟飯や、…かつての自分のほうがおかしいのだ。否が応でも、守られるものもなく、頼るものもなく生きてきた自分たちのほうが。結果、悪いことをしないと生きていけないと思いこむようになってしまった、曲がって育ってしまった幼い自分。
 自分は、子供もない身だけれど、やっぱり守ってやらねばならない。導いてやらねばならない。このいたいけな幼いものを。

  「オレは羨ましいよ。オレはずっと、小さい頃から両親いなかったからさ」
 トランクスは少し離れたブルマの座った卓の方にゆき、ピッチャーからグラスにオレンジジュースを注ぎながら二人してこちらに聞き耳を立てているようだった。ぐず、ぐず、と鼻をすする音がかすかに聞こえてきた。ヤムチャがツンツン髪の小さな頭においた手の下から。

  「今日悟飯が帰ってきたらちゃんと謝れな。そして明日終わったらちゃんとみんな一緒に帰れよ。また遊びに来たらいいじゃないか、こっちには。オレも遊んでやるからさ」

  「いつかギターおしえて」
 「…はいはい」

 やっぱり悟空とは違うなあ、と思いながら、ヤムチャは赤ん坊の頃から父親の悟空よりもよく見知っている、ぐず、ぐず、と嗚咽をまだ漏らすその小さな頭をなでてやった。オレはお前が羨ましいよ。悟空。こんないい子のおとうさんができるお前が。
 そして心のなかで苦笑しつつ思う。

  オレには子供もいないけれど、サイヤ人共がちゃんとオヤジをやれない分、かまってやるのがオレの役回りなのかもしれないなあ、と。…損な役回りだぜ、まったく。

  とりあえず、帰ってくるまではオレが父親役やってやるから、お前は嫁さん孝行しっかりしてこいよ、悟空。

 「あ」
 急にブルマが大きな声をあげた。

 「あたしいいこと思いついちゃった。明日はあんたたち3人にも協力してもらうわよ。悟飯くんを急いで呼び戻さなくっちゃ!」

 

 


 

 その頃。

  西の都から車で3時間ばかり離れた地方都市の港に浮かぶ豪華客船の一室で、当の悟空は心底くたびれて大きなツインベッドのかたわれにうつ伏せになっていた。外からは出港を告げる汽笛の音がする。

  「悟空さ、見て見て。船が出るだぞ、あんなに見送りが」

  部屋付きのデッキではしゃぐ妻に、あー、などと答えて、悟空はまだ脚を包んでいた、明日のパーティー用に妻に無理矢理履かされてきた硬い革靴を脚を振ってじゅうたんの上に放り投げた。

  田舎の道ばかり運転していたものだから、街なかを運転するのがこんなに大変なこととは思わなかった。高速道路なんて初めて乗ったし、多いレーンの道では進入方向をしょっちゅう間違えてクラクションの嵐だし、なにしろ車をちゃんと運転するのなんて7年ぶりだし、ちょっと擦りそうになると借り物でしかも高級な車だからというので妻がいちいち悲鳴を上げるし、もう心底疲れた。しばらく車なんて本当に乗りたくない。

  妻がデッキから戻ってきてベッドのそばに立って背中を擦って労ってくれた。「なんだべ、お疲れだべなあ。やっぱりおらが運転すればよかっただな」
 悟空はそれでも首を横に振った。それでも頑張って運転してきたのはせめてもの夫の甲斐性というやつだった。なにしろこの企画に悟空は一ゼニーたりとも出せないし、明日誕生日の妻にとりたてて何かくれてやるものもない。出しなに『あんた夏バテのチチさんにこれ以上運転させたりしたら承知しないわよ』とブルマに脅されたせいもある。ともかく、着いた。しばらくはこちらも休憩させてもらう。

  「じゃあおら、夕食までエステの予約入ってるから。まったく、こんなものまでプランに入れてくれなくてもええのになあ」
 口では嫌がりながらも、妻はウキウキと刺繍入りの靴をパタパタとひらめかせて、鼻歌交じりでスイートルームを出て行った。動き出した船の振動と波音に身を任せて、とりあえず悟空は眠ることにした。



 
 <後編へ続く>





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