このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
ブログの本体はこちらになります。あとがき・もくじもブログのこのページになります。よろしければ、WEB拍手小説投票で感想をお寄せください。


fire4<前編>






 はじめて己には絶対勝てないと地にひれ伏す如き圧倒的な力の差を思い知らされたのは、まだ片手の指の数にも満たない歳の頃だったと記憶している。

 

 「王子、御前に出るのにその格好では。せめてこのマントをお召しください」
 「なぜだナッパよ。いつも父上にお会いするときにはこのようなもの必要ないではないか」
 「王子がこれからお目にかかるのは…」

 マントだけ奪い取るように受け取り、粗雑に肩に担いだまま、遠い昔に他星のてわざにすぐれた奴隷に彫らせた、この星の戦いの歴史を刻んだ王の間の大扉を小さな手で軽々と押し開ける。
 「来たか、べジータよ」
 父親である王が、いつもの玉座からではなく、階を降りた位置から振り返ってきて眉をひそめた。「なんだその格好は。ナッパ、それに女官たちも何をしておったのか」
 「申し訳ありません。ご説明申し上げたのですが」
 王は床に跪いていた。それは、まだ幼いとはいえおのれの今までの記憶にはない姿だった。大柄な父親の体を一層大きく見せる、肩を誇張した鎧の向こうに、自分に良く似た逆立った髪の向こうに、小柄な影が判じられて思わずかかとを浮かせてもっとよく伺おうとした。

 「あなたが、べジータ王子。なるほど、王に似ている」
 奇妙に優しげなそのものの声が玉座からした。びく、とその舐めるような声音に一瞬身をすくませかけたのだが、小さなこぶしを握ってぎり、と色濃い眉を吊り上げて再度背を伸ばして見せた。王が膝をずらして、正面から退いた。それで顔をはじめて見ることができた。
 「これはまた意志の強そうな。緋色のマントが良く似合っていますね。将来が楽しみです」

 いらっしゃいと、暗紫色の爪と真っ白な細い手指が手招きした。横目で父王を伺うと頭を垂れて畏まりながら微かに目で促してきた。ので歩を進め階を上った。前に立つとそれは脇をとって膝の上へと抱えあげてきた。
 「早く立派な若武者となって、このフリーザの手足となり働いてくださいね。期待していますよ」

 

 そのときの悪寒は今も忘れられない。思わずその、頭を撫でてくる掌の圧力に負けて肯いてしまった己の首の意に染まぬ動きの気持ち悪さも。

 

 それ以来、絶望と屈辱は自分にとっては紫に大きく弧を描く唇のかたちをしている。

 そしてここ数日、自分はどれだけその絶望と屈辱の幻を見たことだろうか。

 


 

 

 「父さん、父さん待ってください」
 轟々と暗雲沸き立つ空を劈いて西へと飛ぶ後ろから必死の声がかかる。
 「五月蝿い!貴様はついてくるな。一緒に戻ろうなどと誰が誘った!」
 後ろの影は押し黙った。先のセルとの戦いでパワーを消費してしまい、今はすっかりと回復した自分のようにはスピードを出せないらしかった。
聞いた経緯と考え合わせれば、こいつはセルと戦いながらも自分のように痛めつけられることなく、しかもまだ伸びしろがあると判断されたということになる。自分は気絶していたからどのようにこいつが戦ったかは伺えなかったが、こいつ自身とあのチビが口を濁していたのを見るとなにかあったのは察せられた。
 そのぐらいわからないと思ってか!
 地球はまだ先の戦いで削られた名残か、地表に伝わった振動にいまだあちこちで軋みをあげているように見える。時折下から鳴動する大地の唸りが、ベジータにはまるで自らの歯軋りのように感じられた。
 暗く曇り空に沈んだ大樹林帯が見えたあたりで彼は天に向けて急角度で進路を転換した。ちらりと眼下に目をやると、気まずそうに眉をひそめたまま自分の跡を忠実になぞってくる戦闘服姿。また顎をぎり、と天に突き出してはるか高空へと速度を増してゆく。

 「お帰りなさい!ああ、よく無事でいてくれたわ、トランクス!」
 神殿に帰るなり縁の危ういところで大きく手を振って、女が駆け寄ってきた。ただし彼女の未来から来た息子に向けて。
 「母さん…ただいま」
 手を取られた青年は戸惑ったように笑った。べジータが少しだけ離れたところに降り立っていたところ、ピッコロとその従者から2,3質問を受けた。半ば上の空でそれに答えながら、目線ははしゃぐ女と、それに答えている青年に縫いとめられていた。
 急に女が感極まったように青年に正面から抱きついてその後ろ頭を撫でた。それを見た瞬間どきりと視線を思わずそらせてしまい同時に脳裏になぜかまたあの紫の唇が浮かんだ。

 なんだ、今のは。なぜあんなことでこんなことを思い出さねばならない。

 当惑しているところに正面すぐ前に立って会話しているやたらと長身の二人の声が降り注いできて顔を上げた。
 「とにかく悟空と悟飯が出てくるまでにはまだほぼ丸一日かかる。もどかしいな…とりあえずセルが出てくるかテレビを監視しながらでも備えて修行しておくしかないか。天津飯、つきあえ」
 「わかりました。お役に立てるかはわかりませんが」
 見下ろされているような感じがして面白くない。正面から僅かに体をずらし腕組みをして会話をやり過ごしていると後ろから高い声がした。
 「ねー!ベジータも帰るでしょー!?」
 振り向くといつの間に出したのか、女が飛行機の前で手を振っていた。
 「冗談じゃない。帰るものか!俺はまだここの部屋に入るんだ」
 「でも孫君たちってまだ出てくるまでに時間かかるんでしょー?それまで暇でしょうが。あんたが壊して出てったうちの重力室はちゃんと直してあるわよー」
 助手席にはすでに青年がちゃっかりと納まっていた。女はさらに続ける。「まあ帰らないんならいいけどね。あたしはトランクスと帰るわ。トランクスをうちの父さん母さんに会わせてあげたいしー。ねー、トランクス?」
 ドアの前で腰に手をやってえらそうに立ちながら、振り返りにこやかに微笑み助手席になれなれしい声をかける女。照れたようにそれにうなずく青年。自分でそれを挑発と思ってしまうこと自体が最早口惜しかったのだがずかずかと歩み寄って乱暴に後部席のドアを開けて乱暴にシートに腰を下ろした。
 あらぁ、と微かに女がつぶやいた。
 「もたもたするな、ブルマ」
 女がにやりとして操縦席に乗り込んだ。離陸時に隣にこっそりと声をかける。
 「ホント素直じゃないのよね、あんたの父さんってば」
 愛想笑いをしてそれに応えるのも含め、狸寝入りを決め込んで聞かない振りをしておいた。世界最速の飛行機だからさほど時間としてはかからなかったはずなのだがやたらとそれが長く思えてならなかった。

 

 

 戻ったのはカプセルコーポレーションが丁度終業の時間のころだったが、巨大な敷地は平日のはずなのだがひと気もなくがらんとしていた。
 「セルが人を消しまくってみんな不安で仕事になりゃしないもんだから、昨日から会社はお休みにしてんのよ。父さんに説明しまたしばらく休みを伸ばさないといけないわねえ。参っちゃうわ、業務が忙しい時期なのに。大体クリリン君が…あら、どうかした、トランクス。きょろきょろしちゃって」
 「いえ、なんでもないです…すごい、大きいんですね」
 「でしょう。もう夕食の時間ね。あちらでもこっちにきてからもろくなもの食べてないんでしょう。お腹一杯ご馳走してあげる、楽しみにしてなさい」

 フリーザとの戦いのあとにこの家になんとなく居ついたベジータがここを後にしたのは去年の秋だったが、冬も終わりの2,3ヶ月前に置き忘れていた戦闘服をこっそりと一度取りに戻ってきていたので、実はさほど久しぶりのことでもない。 ただ一度出て行ったからにはまたこの家に長居する気もなかったから、夜中のことであったしさっさとまたひとりの生活に戻っていったのだった。
 彼が秋に去った跡に残ったのは彼が種をつけた赤子で、それはさまざまな形でこの家に新たな要素を付け加えていた。巨大な中庭に置かれている乳母車は元来シンプルな趣味のこの家のインテリアにとってつけた風にも思えるような暖色と丸みを帯びたフォルムを加味していたし、同じような雰囲気のいくつかの遊具とともに甘いような幼い匂いをこの家の一人娘の体臭に混じってまとわせていた。
 家の照明は全体的に優しいものになった。何より赤子の存在はこの家の各人の心の一部にどっかりと確固たる位置を占めていた。温室に面した家族の食堂にも赤子用の寝台が置かれて、皆が食べている間もその中に納まりながらきょろきょろと辺りを見たり手を伸ばしてみる動作にちやほやと視線を送っている。
 その赤子の未来の姿である青年にも然りである。
 「そう…随分苦労したのねえ、トラちゃんは。もっとお食べなさい。これ美味しいわよ」
 「さすがよく食べるねえ、君も。赤ん坊のほうも本当によくおっぱいを飲むんだよ」
 「今日はゆっくり休みなさい、部屋をどこか空けておいてあげる。食べたら父さんとあたしはちょっとクリリン君が連れてきた16号を検査してみるわ…ああ、でもさすがに疲れるわねえ、ここんところ作業しっぱなしだもの…あら、ベジータ、どこ行くの」
 「俺はもういい。重力室に行く」
 「ふうん」

 なにか非常に面白くなかった。そもそも仙豆を食べたのでさほど空腹をおぼえていなかったのは本当なのだから、食べずにはなから重力室にこもってれば良かったのだ。重力室の分厚いハッチを開けて乱暴に閉め、操作パネルを久しぶりに按配しようとしたのだがボタンを押しても液晶には何の反応もない。
 「どういうことだ!」インターホンに向かって怒鳴る。
 「怒鳴らないでよ。待機電力を抑えるために元プラグを抜いてんのよ!コントロール部の下部パネルを開けて自分でつないで頂戴」
 「お前がこちらに来て繋げ」
 「いや。あたし今チビのほうにおっぱいあげてんだから。繋いで10分は今まで抜いてたエネルギーを充填しないといけないからそこ使えないからね!」
 ぶつんとインターホンが切られた。なんて生意気なのだろう!
 仕方ないのでパネルを開けて、這いつくばるようにしてくだんのプラグと思しきものを繋いで安全弁を上げた。コントロールパネルの主電源を入れると、部屋の明かりがついてひゅう、と微かな唸りを上げて部屋が密閉された。この瞬間は嫌いではない。宇宙船に乗り込んで飛び立つときのような高揚感を思い出させてくれる。
 10分の間ベジータは壁にもたれて片膝を立て、ストレッチをするような格好のままそれでもいらいらと考えた。そうならそうと自分が重力室に行くと言ったとき説明してくれれば良かったものを、あいつに夢中になっていてどうせ忘れていたのだ。それにしたって以前は自分が呼びつければほいほいと嬉しげに世話を焼きに来ていたものだのに、何なのだあの変貌振りは。腹立ち紛れにいきなり300Gを指定すると、半年振りの高重力に身体は悲鳴を上げ足は床にやすやすと縫いとめられた。膝ががくがくと笑う。内臓が震え、頭蓋を支える首がきしむ。

 昨日まで一年も10倍の重力にいたとはいえ、己がどれほどここを離れていたかを彼はそれで思い知った。床に膝を着く。這いつくばる。必死で床面近くにセーフティーとして設置されている強制終了ボタンに手を伸ばす。
 『いまさら、サイヤ人の王子、でもないでしょう?』
 あの紫の唇が脳裏にまたよみがえった。あの手のひらの圧力の記憶とともに。
 『今や寄る辺なき貴方がたですものね』

 『超サイヤ人だなんてつまらないただの伝説にいつまでもこだわっているからさ』

 その言葉がよみがえったのはあの死の記憶がフラッシュバックしたからだろう。それでベジータは己が今はここにいた頃の自分ではないことを思い出した。髪の毛が金に渦を巻いて強く逆立ち、重力に抗うことを得た腕が強制終了ボタンを叩いた。ひぅ、とまた部屋が軽い唸りを上げた。 のろのろと起き上がった彼は膝を抱えて頭を伏せ大きなため息をついた。そしてしばらくそのままだった。

 


 

 
 滅亡の真相をはっきりと知ったのはあの戦いの折にドドリアから知らされた言葉からだったけれど、もともと事の違和感には気付いていた。
 しかし彼は表面上は何の感情も見せなかった。どうせ滅亡の前にはもう小姓に近い身分としてフリーザの宇宙船に召し上げられていたこともあって星自体には何の執着もなかったのだから。ただ、フリーザに秘蔵っ子扱いされうかれてあちらこちらと使いまわされている己に言いようもないむなしさは常々感じていた。星を取り上げられ、公的な身分も奪われ、幾許か生き残ったものたちを率いることもできず平等という名目で敬いかしずく態度も禁じられ、ただ名誉職じみた立場を与えられて適当な星に適当に送られる日々。それが彼の毎日であり、これから予想される生涯だった。そしてそれは、フリーザのあの巨大に冷たく白いたなごころの上にやさしく載っていて、それを飛び出せば羽虫を叩くように手のひらを返してぺちゃんこに潰されるのが落ちなのだった。
 彼がもっと若く愚かで何も知らなければそこを飛び出すこともあったかもしれなかった。しかし彼は強さを追い求める分自他の強さにさとかったし、飛び出すにはあまりにフリーザの傍で逆らったものがどういう末路を辿るかという実例を見てしまっていた。そこには王室の末裔としての先天的な保身の本能というものもあったのかも知れない。何よりあの幼少の記憶は彼の内面にびっちりと膜を張ってしまっていた。

 が、ベジータが完全に己の人生を捨ててしまっていたかというとそうでもない。彼の矜持のよすがは幼い頃に伝え聞かされた超サイヤ人という伝説の存在だった。いつか。いつか。自分になれないはずがない。生涯は長い、いつかきっと機会があるはずだ。
 そのいつかを待てる期限を延ばすのには不老不死とは願ってもいない僥倖である。それまで雌伏して来たベジータがようやく行動を起こしえたのは、ドラゴンボールの存在のおかげと言えた。彼の願いはかなわなかったものの、そのおかげで彼は自由を手に入れることができたのである。

 自由と言う名の、空白の未来を。

 

 


 <後編へ続く




あとがき・もくじ(ブログ)
小説投票
拍手する + 拍手する