このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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Luna4(前編)






 久しぶりにカメハウスで泊りがけで集まろうかと連絡が回ってきたのは喪も明けた7月のなかばのことだった。




 父親が死んでからと言うものこの2ヶ月近く、悟飯は長らく二の次だった勉強に精を出したり、その一環で通信教育の実講義合宿に参加したり、祖父の城に母親ともども遊びに行ったり新しい神と遊んだりそれなりに忙しい毎日を送っていた。その多くは母親の勧めで、悟飯自身も進んでそれにしたがってきた。なにせ何もせずボーっとしていると考えても詮無き考えに取り付かれることになるからである。
 家の中はすっかり静かになった。見かけとしては3年前と同じに父親が不在と言うだけなのだが、そこには永遠を銘打たれた白い空白が横たわっている。「不要になった」椅子、「不要になった」洗面道具、「不要になった」服、そして食器がしまわれゆくごとに家の中に幽かな漣が立ち、ゆらゆらと静まっていく。いくつかを母子それぞれの形見に手元に残し、それらはすっかりと家の中から去って小さなカプセルの中に籠められた。喪というのはそのような期間なのであろうか、と9歳ながら悟飯は少し詩的な考えをめぐらせて見たりもした。
 家の裏、悟飯の部屋の窓の外の笹竹の向こう、小川のほとりの日当たりのよい場所にひとつの墓石が据えられ、カプセルはそこに埋められた。骨壷も何もないその墓が守る唯一のものだ。前に父親が死んだのだと2度…自分の叔父のときと、フリーザのときだが…家族がそのように受け取ったときも建てられなかった墓は、厳然とそれが嘘まぼろしではないことを示し佇んでいる。碑銘は父親のかつての師匠が書いた。見事な筆跡だった。その前には、母親が毎日なにかしらの食べ物を小さな皿に盛り付けて今も供えている。



 母親は最初こそ泣き崩れたものの、悟飯から見れば多少不満なほどその後は落ち着いていた。西の都で葬儀を済ませしばらく二人は祖父の城に身を寄せていたのだが、そのあと母親は家に帰って墓を立てもろもろの整理をし、あっけないほどに早く日常に復帰したかに見えた。楽になった食事の支度、掃除洗濯、畑の世話、近所の世話焼きなど、毎日繰り返される単調な家事に埋没している様は、3年前父親が居なかった頃とは何も変わらなかった。普段明るく振舞っているのに時折見せる、物思いに耽っている様子も。
 ただあの頃は…父親が死んだのではなく、あえて帰ってこないのだと分かってから…そこには何かしらの怒りや激しさや苛立ちが見て取れたのだが、今はなにか悟飯には窺い知れない遠い遠いところを見ているような気持ちがする。哀しんでいるのでもなく、寂しいという風でもなく、ただじっと何かの深淵を覗き込んでいるような。時折見せるその横顔は白くひどく美しく、どこか悟飯を不安にさせずにはおかない。夏に入ってから、その母親の物思いは以前より目に付くようになってきた。だからカメハウスからの誘いを電話で受けた日に悟飯は母親も一緒に、と誘ったのだった。

 「うーん…そうだなあ。そしたらなあ、じいちゃんにその少し前に城に誘われてたべ。それと併せて少し長めの旅行にでも出るべか」
 「え?ホント?畑とかいいの?」
 「お隣のばあちゃんにお願いしとけば大丈夫だべ。今年はあんまり作物も植えてねえし、こないだの大雨でだいぶ駄目になっちまっただろ?こういう時だし、ゆっくり世間を見て回るのもええだよ…おめえが救った世界をな。飛行機とか使わずに、ゆっくりと車とかバスとかで。大丈夫、一週間もあれば着くだよ」
 「…」悟飯はその言葉に引っかかるものを感じて少し眉を顰めてみせたが、母親はさもいい思い付きだという風に楽しげに計画を練りだした。宿はこの家をカプセルにしていけば問題ないとか、バスはどのルートで行くかとか。2人になった夕食の席に盛られた食事に箸を運びながら母親の計画に頷きつつだが、悟飯はふと不審に思った。母親がほとんど彼女の分に手をつけようとしないのを。
 首を傾げて見せると、母親ははっと気づいたようにして、冷めちまうだな、とか笑いながら急いで残りを食べて見せた。それで悟飯はその不審をすっかり忘れてしまったのだった。


 母子が旅立ったのは、カメハウスに行く約束の10日前。そこにその人がいない、とはわかってはいても、一応二人で二度目の月命日に居ないことを詫びて墓に手を合わせてから家をカプセルにしまい出発した。残された花壇の中、青空に向けてピンクの芙蓉が凛と立ち咲いた暑いまぶしい朝のことだった。








 「ほれクリリン、さっさと起きてちったぁ片付けんかい。もう今日の昼には皆来るんじゃぞ」
 その辺に散らばったエロ本をまとめてクローゼットの中にしまいこみながら、師匠が叱咤してきた。年寄りの朝は早い。昔の牛乳配達の頃ほどではないが朝5時には起きるのがこの家の常である。まだ寝ぼけ眼でリビングに敷かれた布団の上に起きなおしながらクリリンは大きなあくびをした。ん、と気合いを入れなおして布団をまとめ、2階の師匠の部屋の窓際で広げて干した。

 ランチが去っていってからこの2階の部屋は師匠のものに戻った。春にそれを親友の一家に少し明け渡したときには多少こざっぱりと片付いてたのだけど、今はまたすっかりそんなこともなかったかのような風情に戻っている。ランチがひとりで使ってたその前は、この部屋はランチと自分の親友が二人で寝起きしていた部屋だった。この春あの戦いの折に、ここはまた親友…とその家族の部屋になった。ほんの数日だったけれど。それはここが珍しく大勢で賑わった、ある意味楽しい日々でもあった。
 クリリンは窓を背に部屋をぐるりと見回した。夏の南国のまぶしい朝日に照らされた板壁の部屋は、長年のそのように積み上げてきた生活にどこか草臥れた気配を見せている。壁にひとつ開いた銃の弾跡、床に残ったなにかの染み跡。親友が子供の頃血を零した跡。ペンキで塗り重ねた、自分が住み着いたより古い修繕の跡。
 自分がここに居付いてからはや15年以上が過ぎた。修行もあったし死んでいた期間もあったからその全てがここで寝起きしていたというわけではないが、身寄りのない自分にとっては家と呼べるものはここだけだ。他に帰るところもない。そう、どこにもないのだ。


 そのようなことに思いを至らせるのは、他でもなく、その事実に微かな不満を感じているからなのだ、とクリリンはため息をついた。ついた途端、階下から朝食を急かす師匠の声が響いた。弟子と言う身の辛さよ、と肩をすくめて彼は階段を下りていった。あとで近くの島の市場で食料なり酒なりを調達してこないといけないし、今日は朝から忙しいのである。
 だが例え忙しかろうと師匠がこの家に人を呼びたい気持ちも、理解しているつもりである。そうでないと、何かが空中分解してしまうのではないか、と師は恐れているのであろう。そのくらい察せるほどには傍にいたつもりである。そしてその気持ちは自分だって同じである。
 だが、師の不安の一因は自分の最近の様子にもあるのだろう。暇さえあれば物思いに耽っている、このような自分の様子に。

 人が去っていった部屋の机の隅、譲り受けられた写真の前に、よい匂いを燻らせる香が師匠によって手向けられている。
 窓の外、朝の海は月を失って猶力強い波を打ち煌いている。









 ブルマが産休から仕事に復帰したのは6月のことである。混血のせいかやたらと発育のいい息子はもともと母乳だけでは足りず哺乳瓶も併用していたのだが、他の同じ月齢の子供よりかなり早く乳歯が生えてきてその頃には離乳食も始めたし、徐々に週に一回数時間、と言う程度から慣らしてきたのだった。8月に入った今は息子も生活のリズムがだいぶ整ってきたし、平日昼の数時間、と言う程度だが開発や経営の方を…そのうち父親から事業を引き継ぐ心積もりだったから…見ている日々だ。母親は基本的に暇な人だからよく面倒を見てくれるし、人(ロボット)手には事欠かない家なので任せていられる。休みを取るので任せきりで詰めて仕事をしていたのだが、ちょうど決算時期も重なって約束の日の数日前はかなり彼女は忙しい毎日を過ごしていた。
 「というわけだからさあ、ヤムチャ飛行機で一緒に行ってよ。疲れてるから居眠り運転しちゃいそうよ」
 前の日の晩そう電話をした相手の元彼は、素直に前日の夕方になってカプセルコーポレーションに現れた。ウーロンも誘われたのだが平日なものだから仕事があるので来られなかった。プーアルは夏風邪を引いたのだがひとりで大丈夫だからと心配する主人を無理やり送り出したのだという。ヤムチャは勝手知ったるかつての我が家とばかりにあがりこんで早めの夕食をともに食べ、彼女の両親にへらへらと相変わらずの挨拶をしていた。

 「じゃあ行ってくるわ、かあさん。明日か、遅くてもあさっての朝帰る。それまでトランクスのこと頼むわね。トランクス、いい子にしてなさいね」

 そう子供をあやして子供部屋を出て、忘れ物を取りに隣の自室に戻るブルマの横でヤムチャが笑った。
 「なんかやっぱりまだ変な感じだな、お前が母親になったなんて」
 「そうかしら。もう結構見てるじゃないの」
 「いや、まだ慣れないよ。大体お前は昔は子持ちの主婦とかを、馬鹿にとは言わないけどどこか冷めた目で見てたところがあったろ。子供連れとか見るとまだ若いのにねえとかたまに言ってたこともあったし。…冷たい女だな、と思ってたもんだよ、今なら言えるけど」
 今ならと思って正直に言いすぎよ、とブルマは顔をしかめて見せた。自室の前でヤムチャを待たせ、机の上にあった呼び出しのベルを鞄にしまいこんだ。何かあったときに一応連絡は取れるようにしておかないといけない。ついでに、壁にかけていたあるものも一緒にその隣に入れた。

 「ずいぶんこの部屋も変わったな」
 覗きこんできた元彼が感慨深げにつぶやいたのにそうね、と笑い返した。昔と同じで飾り気はないが、そこここに息子のおもちゃやら育児雑誌やらが散乱している。かごの中の汚れ物には彼女の服に加えて小さな息子の服や靴下。置かれた小さな幼児用の椅子。染み付いていたヤニくささが、どこか優しい母乳の匂いにやんわりと包み込まれて和らげられている。
 この部屋に初めてこの男を招きいれたのはいつのことだっただろうか。15年以上も前のあの冒険が終わって付き合いだして、この家に戻って生活を共にするようになってから何日か経ってのこと…そう、ちょうどこの季節のことだ。このように暑い夏の夕暮れ時、窓のはるか下母親の庭の木でセミが五月蝿かった。実際に肌を合わすようになるまではまだもう少しかかったものの、あの日から本当に、付き合いだした、という実感が出てきたように思う。
 あの暑い夏が過ぎ、秋になって武道会に出る、と言い出すまで二人は若い情熱に夢中だった。次の春にカメハウスに弟子入りし、彼が盗賊崩れではなくちゃんとまっとうな武道家の道を歩き出してからは修行修行であまりそばに居る機会もなかったが、間違いもなくこの部屋で、また彼の部屋で自分たちは恋人同士だったのだ。その頃に比べればなんと二人とも歳をとったことだろうか。
 「ベジータは?」
 不意にヤムチャが聞いた。
 「知らないわ」
 「葬式のときはその辺に居たじゃないか」
 「その後また出て行ったのよ」
 ふうん、と一瞬意味ありげな視線を向けてきたが、睨み付けると肩をそびやかして元彼は部屋を出て行った。ブルマも後に続いて、庭から飛行機に乗り込んで東南の海へと向かった。


 息子の父親は、この家でセルゲームの後行われた葬式の後またどこかに行ってしまった。重力装置も、あの戦いの折少し使ってからはまたずっと埃をかぶっている。
 別にあの男に始終そばに居ることを期待して情を通じたわけではない。そんなことはもとより期待したこともない。でも。
 「…あんたたちはいいわよね、誰がどこにいるか気でわかるんでしょう」
 後部席で毛布に包まったブルマが寝言のようにそう言うと、運転席から苦笑めいた返答が返ってきた。
 「そんなことないさ。ああ、どこかに居るんだな、と言うことぐらいは分かるけど、抑えて普通にしてたらほとんど詳しい位置は分からないよ…天津飯も、どこに行っちまったのかさっぱりだ。あんなに気をちゃんと探れるのは悟空くらいのもんだよ」
 「そうなの」
 「そうさ。あいつは凄かった…、…うん、凄かった、んだな。それより、もう寝な。着いたら起こしてやるから」
 「うん」
 「…ドラゴンレーダー、まだ持ち歩いてるんだな」
 「…うん」
 差し込んでくる夕暮れの日差しを避けるために、ブルマは毛布を深くかぶった。地球を半周近くするのだ、先は長い。眠れるだけ眠っておこう。




 眼下、西の都に面する海がぎらぎらと、あの神秘の珠の色のように輝いている。ヤムチャはひとつ遠い目をして微笑み、ポケットから眠気覚ましにイヤホンを取り出して最近流行の曲を聴き始めた。薄暗い船内に、こつこつと時折彼が操縦桿をリズムに合わせて叩く音が響くのみだった。

 今更この女に何を求めるでもない。ただ、残るのは生き方が分かれたのだ、という感慨だけだ。
 今まで交わってきた多くの…師であり、同門であり、かつての敵であったり…人々にも抱く、同じ感情のように。せめても今願うのは、生きる世界が分かれないようにと言うささやかな望みだけだ。そう思える相手が居るだけ、今は恵まれている。あの夏より前の自分よりは、ずっと。
 結ばれているそれらの清く強いえにしは、多くがあのやんちゃな少年だった男に連なっている。
 生き方が分かれようと、生ける世界が異なろうと、誰かがそれを語り誰かがそれに頷く限り失われる事はないのだ、と思いたい。
 これからその当人が、この世界から失われた月のように永遠にいないのだとしても。




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