このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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light





 「…なにやってんの、あんた」
 風呂から上がってきた少女は顔をしかめた。どうもさっきからぱちぱちと居間のほうで音がするなと思ったのだ。居間に続く廊下に漏れこむ光は、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
 「ちょっと、孫君!なにやってんのよ!」
 一瞬、暗闇の中で少年の目が光った。と思ったら、すぐにぱちり、と音がして明るくなった周囲に紛れた。
 「ああ、なあんだ、おめえかあ」
 少年は家の明かりの下でへらり、と笑った。見たところ10かそこらの無邪気な少年。日焼けしたやや小麦色の額がいきいきと、ぼさぼさとした黒髪の下で光っている。昨日山の中でであった、武術をたしなむやたらと頑丈な少年。
 「何遊んでんのよ。あんたも早くお風呂入って頂戴。明日も早いのよ、寝なきゃ」
 「フロぉ?ゆうべ入ったとこじゃねえか」少年ののんきな太目の眉がぐに、と曲がって不満を示す。
 「きったないわね、今日暑いところにも行ったし、あんたカメかついで散々走ったんだから汗かいてんでしょ。普通は毎日入るものよ」
 「やだったらやだ」
 「…入らないとご飯抜きよ」
 「いいよ別に、おめえのメシまずいもん、自分でとってくるから」
 ああ言えばこう言うんだから!
 「いいから、入っていらっしゃい!ちゃんとシャンプーもすんのよ!もう自分でできるでしょ!」
 ぶーぶーと不満をいいながら、少年がぺたぺたと廊下へと去って行った。その後姿には、茶色の、尾長ザルのような尻尾が左右に揺れている。



 なんなんだ、あの少年は。少女はため息をつく。
 やたらチビ。14のくせに。
 やたら頑丈。銃をぶっ放しても平気なくらい。
 やたら世間知らず。女と言う生き物を見たことないほど。
 やたら無邪気。不思議な雲に乗れるほど。
 おまけに尻尾まで生えている。

 …要するに、馬鹿なとんでもないガキなのよ!あの孫悟空とかいう子は!

 少女は、…ブルマは、疲れた頭をぶるりと振った。今日は朝から散々だ。あまり時間はないのに予定は狂うし、へんなじいさんにとんでもないところは披露してしまうし、それがパンツだけだと思ってたらあの馬鹿なガキのせいで全部ご開帳だったし、16の乙女としてはそれだけで大変な屈辱だ。結果的に探しているボールのひとつが見つかったから良かったようなもののだ。
 今日からは昨日みたいに、バイクの後ろに乗せて走るという負担は減ったものの、ずっとバイクに乗りっぱなしと言うのはそれなりに疲れもする。それに、子供といえど、他人と旅をするというのは疲れる。

 ブルマはそもそも友人と馴れ合う、というタイプの少女ではなかった。学校はレベルが低くてつまらない。周囲の、やれ何が可愛いだので寄り集まる女の子たちとは趣味が合わない。あの子達はメカの均整の取れた美しさや精密さの素晴らしさなど理解してくれはしない。あの子達は自分の頭のよさや見栄えの美しさに怖気づいて近寄っても来ないし、なにやら陰でこそこそとやっている。こちらが気の合う男の子としゃべっていれば嫌味を言ってくる。孤独といえば孤独だった。それでブルマはことさらに自信と言うマントを身に翻し、肩で風を切って孤独を楽しんでるという己のスタイルをつくってそれを楽しんでいた。やりたいことをやりたいようにやる私、というのは実際かっこよかった。この旅もその活動の一環なのだ。



 ひとりで飛び出す未知の世界。子供の頃からエアバイクを駆ってたまに郊外には出ていたけれど、もちろん16の少女にとって世界中を回る旅と言うのは大冒険である。
 去年の春くらいだったろうか、家の蔵にあった不思議な珠を見つけたのは。そして高校に通いだすまでの間をいろんな図書館に通って、古文書と首を突き合せてこれが何であるのかを探るのがブルマの趣味だった。それが、なんでも願いをかなえてくれる不思議な、おとぎ話のような珠だと知ったとき、正直眉唾だと思った。
 でも、自分の手元にそれがあるというのは何かしら意味のあることなんじゃないかしら、とも思う。高校に入ってから夏休みに入るまで、結局クラスにうまく溶け込めなくてサボりがちな日常をその考えで上の空でつぶした。きらきらとオレンジに美しい宝珠は、2つの星の光をやどしていつもかばんの隅に輝いていた。

 なんでも願いをかなえてくれる珠。前にこれを集めた人は世界の王になったという。それが本当なのなら、世界そのものを変革してしまう珠だ。たしかに世界はむかしむかしひとりの王が君臨するまでは、各地域に国と言うものがあって、小さな行政機関が無数にあって、互いにいくさを繰り返し、理不尽な疲弊を繰り返していた、と聞く。その世界が今のように安寧に退屈に平和に、でもゆるやかな無責任に覆われているのも、この珠のおかげだとすれば。
 自分は、何を望む?この珠に何の願いをかける?
 自分を変えてくれる人。それは、女の子にとっては、往々にして素敵な王子様。小さな自分に魔法をかけて、愛に満ちた素晴らしい、色彩あふれる世界で、自分とともに生きてくれるひと。そうよ、それっきゃないでしょう!食べきれないほどのイチゴも捨てがたいけれど!


 かくして秋からはブルマはうきうきと準備を始めた。珠を調べ上げる。特殊な電波を発している、ということがわかったので、それをキャッチするためのレーダー作りに着手した。最初はなかなか難しかった。特殊な材料が必要だとわかり、父親のつてで手に入れて工夫を施すまでが長かった。レーダーができたときは年を越えていた。スイッチを入れて、7つの反応が映し出されたときの感動といったら!本当にこの世界には、7つこのような珠が存在して、自分を待っているのだもの!
 春休みでは世界を巡るにはあまりに短い。夏休みに旅をしようと計画し、それまでの長い時間、バイクと車を一つ一つ作った。ひとつボートも作った。両親に諾をえるのは難しいことではない。まったくの放任主義なのだから。かえって心配のそぶりも見せない両親に対して腹をいささか立てたほどだ。小遣いを何ヶ月かためて、いいカプセルハウスをひとつ買った。居住空間は快適であるに越した事はない。
 あとはファッションだ。動きやすくて快適で、かわいいコーディネートがいい。ミリタリーの店にも通うようになった。少女の一人旅では何が起こるかわからないから、武器は大事だ。武器はきれいだ、と思うようになった。無駄がなくて、目的にまっすぐだ。すらりと伸びる銃身はセクシーだ。一点の軟弱さもない。
 いよいよ夏が近づいてくると、食料や化粧品・アメニティなど身近に使うものを用意した。やっと旅の計画にリアリティが出てくる。
 終業式、学校のベルが鳴るのと同時にブルマは学校を飛び出した。作ったバイクにまたがって、レーダーのスイッチを入れた。目指すは北の谷だ。上々の青空の下、キーを回した。ブルン、とバイクが振動し、ブルマの全身が震えた。ぞくぞくっとして、ブルマは学校内でかつて浮かべたこともないような会心の笑顔を放った。
 おお、退屈極まりない学校よ、しばしさらば。
 さあゆかん、我を待つ、一世一代の大冒険へと!






 まあ、たしかに、世界は思った以上に広大で不思議だわ、と、夜が明けて再びバイクにまたがり西を目指しながらブルマは思う。隣で今も雲にのんびりと座っている少年は不思議の塊そのもののようだ。外見も不思議なら内面も不思議だし、その身のうちにもたくさんの「?」を充満させている。何にも知らない。本当に何にも知らないのだ。山から出たこともないというのだから見聞が狭くて当たり前なのだろうけれど。文明と言うものにかつて触れたことがないから当たり前なのだろうけれど。
 テレビを見せれば大きな黒い目をまん丸にして驚いている。どうやら中に本当に人間が入っていると思っているようだ。ラジオで音楽を聞かせれば、ぽかんと口を開けて聞き入っている。なんでも楽器を使った音楽と言うものすら聞いたことがないらしい。歌は嫌いではないようだけれど、一回雲の上で鼻歌を歌ってるのを聞いたがひどく音痴だった。笑うと、びっくりした顔をしてちょっと顔を赤くしてやめてしまった。ちょっと悪いことをしたな、と思う。まあ自分でもそんなにうまくないとは思っていたのだろう。
 長いこと普通の料理を食べたことがないらしい。パンもコーヒーも何も知らない。親切に食べさせてやっているのにまずいとか抜かす(これでも結構おいしいところを選んで用意してきたと言うのにだ)。にしたって狼やムカデの丸焼きはないだろう。今朝だって朝からこんなのじゃ力がつかねえとか何とか言って、そこら辺を歩いていた恐竜の小さいのを一匹食べていた。なんという野生児ぶりだろう。都会のお嬢様には理解を超えることばかりだ。



 「なー、あれなんだ」
 晴れた青空の下、上からのんきな声が降ってきた。声は後ろに遠ざかる。ブルマはバイクを止めて振り返った。また今日も始まった。
 「なによ」
 「あの山のへんの、くるくるまわってるやつ」
 「ああ」ブルマはゴーグルを上げて目をすがめた。白い、ちょっとレトロな風車がいくつかくるくると、農場のそばで回っている。
 「あれは風車よ」
 「ふーしゃ?」少年が日光をさえぎるように額に手をかざして小首をかしげた。
 「風を羽根で受けて、くるくる回っているでしょう。風の力を使って粉を挽いたり電気を作ったりするのよ」
 「こなをひく?」
 「小麦の畑、そばに見えるでしょう。昨日も説明したわよね、畑。山の外では人は食べられたり役に立つ植物を植えて暮らしの足しにするの。小麦は食べられる植物の代表。実をとって、細かい粉にするのを粉を挽くって言うの。それで、あんたの嫌いなパンとか、あとスパゲッティとか、うどんとか作るの」
 へえ、と長すぎる回答の割りに短すぎる反応が返ってきた。見上げるとその顔はそれでもどこかしらわくわくしている。その表情は、見ているこちらが面白い。
 だから、こうやって説明するのは面倒くさいけれど、ブルマは嫌いではなかった。しばしばこうやってストップさせられて質問を浴びせられるので、昨日も思ったほどには旅程は進まなかった。でも、面白い。ブルマはバイクを降りた。
 「なんだ、しょんべんか、また」
 「違うわよ、ちょっと休憩」
 ブルマはううん、と伸びをした。バイクのシートのじんじんする感触が軽い痛みとなってまだ小さめのヒップ全体に広がっている。後ろに体を倒して、足を伸ばし、ひざを回す。
 「オラもちょっと体操しよっと。雲ばっか乗っててもなまっちまうからな」
 少年も金色の雲からひらりと飛び降りて、ブルマの横に着地し、同じような体操をした。「おめえ足腰弱いな。そのくらいの体操でふらついちまってよ。おめえも少し走れよ」
 「お断りよ」
 ブルマは唇を尖らせ、バイクのポケットに入れてあった赤いチェック柄の水筒を取り出して、ふたに無糖のアイスティーを注いで飲んだ。今日はそこそこ雲が広がっていて、また山地に入ったからそうめちゃくちゃ暑くはないものの、やはり世界は夏の気配に満ちて熱気を発している。舗装されていない土の、細い白い道の照り返し。わきに広がって道を侵食してくる夏草の青い匂い。
 「オラにもくれ」
 少年が、小さな、でも鍛えられた手をぶしつけに伸ばしてきた。ブルマはちょっと渋面を作ってみせて、水筒のふたのふちを指でぬぐい、なみなみとそこに紅茶を入れてやった。
 「サンキュ」少年が曇りのない笑顔で、それを受け取った。
 「暑いわねえ」
 「あっちいな」
 そこに、天からややぬるい風が弱く吹き降ろしてきた。ブルマのポニーテールが揺れた。少年のぼさぼさ頭が揺れた。夏草が周囲でざわざわといった。少年の、まだのど仏も浮いていないような細いのどがごくごくと鳴って、水筒の赤いふたの中の紅茶がどんどんと減っていく。それが、なんだか目に心地よかった。

 「な、そんでさ、でんきってなんだ?」少年が、水筒のふたを持ったまま、また風車のほうを眺めやってたずねてきた。
 「ん?電気?ああ、いろんなものを動かす力よ」
 「ちから」
 「あんたは今まで使った事ないでしょうけどね。カプセルハウスの中でも、いっぱい使われてるのよ。テレビも、ラジオも、そこから力を得て動いているの。あかりだって、その力で光ってるのよ」
 「へえ、電気ってすげえんだな」
 「そうよ」
 「そのさ、バイクってやつについてるあかりも、それでついてるのか」
 「そうそう」
 「そうかあ、何で火もないのに光るのかなあ、と思ってたけど、電気ってやつのせいでかあ」
 少年が、隣で納得した声をあげた。ふとブルマは思い出した。昨日も、風呂の中でぱちぱちとやたら明かりのスイッチをいじっていた少年のことを。


 「あんた、それで昨日からやたら照明のスイッチをいじっていたのね!」
 「おお、そうだぞ」少年がちょっと照れたように笑った。「だって不思議じゃねえか。急に明るくなったり、暗くできたりさ。火ぃ起こすのって結構大変なのに、おかしいなー、便利だなーと思ってさ」
 ブルマは声をあげて笑った。「そうねえ、確かに便利だわね!」
 少年はちょっと赤くなってすねたような顔をしたが、すぐにけろっと一緒になって笑いだした。「おめえ、火おこせるか?大変なんだからな」
 「そうねえ、今度やってみましょうか」
 ブルマは笑い続けた。本当に、ものしらずなんだから。でも、この少年といると、世界が面白く見えてくる。恋人には程遠いけれど、これもドラゴンボールのお導きってやつかしら。
 「おめえ、ほんとに物知りだな!ちょっとひよわいけどな!」
 向けられる素直な賛辞が、また吹いてきた風とともにこころよい。日焼けした少年の顔が、夏の日差しに輝いている。世界を吸収していく喜びに輝いている。





 この子は、これから、どんな風に生きていくのかしら。ふとブルマは思った。
 それが、いいものでありますように。
 世の中の、自分が疎んでいたものにまみれず、純粋のままであればいい。かなわないかもしれないけれど、純粋な少年のままで。





 「さあ、そろそろ行きましょうか、まだまだ先は長いわよ」
 「おうっ」
 2人は夏草の中で顔を見合わせて笑った。ちょっと日焼けしてひりついた自分の鼻の頭が気になったが、それでもそれすら心地よかった。少年が雲にひらりと飛び乗り、ブルマはバイクのシートに位置を按配しながら座り、ブルン、とエンジンをふかした。


 まさに世の中を変える大冒険の始まりの頃の、ある午前中の風景だった。







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