このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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Life4






 「なにはともあれ、クリリンさんもヤムチャさんも生きかえれて良かっただ。今日はおらが朝からお邪魔して腕を奮ったでな、久しぶりのご馳走目いっぱい食べてけれ」
 「そうそう、昨日から準備してたんだからあ。パーティよ、パーティ!」
 「さあさ、皆さん内庭に移動なさってね。美味しいお酒もお水もたっぷりご用意してましてよ」

 7つの巨大な光が昏天を裂いて飛び散り、その割れ目から光がにじみ出るようにして辺りは明るくなった。それと同時に、女性達のはしゃぐ声がカプセルコーポレーションの広い外庭に響いた。ぞろぞろと、その声を潮に地球人とナメック星人たちは本棟の裏口のほうに向かって歩き始めた。再び命を得たひとに、口々に祝いの言葉を投げかけながら。
 10月とは言え傾きだした日差しは強く、今まで暗闇だった分余計に5歳の悟飯の目にはまぶしかった。悟飯は傍に立っていた母親に何気なく呼びかけた。
 「おかあさん、行こ」
 しかし母は無言だった。悟飯の目線上の彼女の腹、そこから上のほうに見上げると、丁度西日が逆光になって、空を見ている彼女の面影をうすっぺらい一枚のただの影のように映し出した。耳のピアスの宝石だけが、きらきらとその中で光っていた。
 まるで、一度街で家族3人でたまたま見た、流しの影絵劇の人形のように。

 「…おかあさん?」

 思わず呼ぶと、冷たい風が急に吹いて、その風と影の中からいきなり白い手が揺らめいて伸びてきて、悟飯の頬に触れた。その手指の温かさと立体感に、悟飯は怖ろしいのだか安心したのだか判らないけれど、ぶるりと震えた。母はゆっくりと微笑み、繋いだ手を引いて歩き出した。さあ、用意してたご馳走を台所から出さないと、とか明るく言いながら。




 仕切り屋のブルマの乾杯の音頭の後に、人も異星人も犬猫も交じって、本棟の一階の内庭で盛大な宴が催された。なにせ広い庭だ。しつらえられた大卓に載せられた、母やこの家のロボット自慢の料理を中央に囲んで、あるものは立食を楽しみ、あるものは離れたベンチでマイペースに取り分けてきたものを食らい、あるものは思い出を語り、あるものは今日の神の龍の感想を述べ合い、あるものはあの世での体験を語り、あるものは犬猫と戯れ、あるものは馴染んできたとは言えまだ不明な事の多いこの星の風習について教えを乞い、あるものは酒をのみ、あるものは名水を楽しみ、あるものは持ち込まれたカラオケセットで歌い、あるものはそれにあわせて踊った。
 母の料理は好評だった。昔専門の学校に行ってただけあって、流石の腕前だと何人もが褒めた。悟飯も自分や父親の誕生日などに彼女の用意する馳走を食べた事はあるけれど、最高級の食材を惜しみなくもちい、大人数の宴にふさわしいようにと食用花や飾り切りやらをふんだんに用い豪華にしつらえた皿のひとつひとつは手をつけるのが惜しくなるほどの美しさだった。勿論味も文句のつけようもない。
 「すっげえなあ。お前等が宇宙に行ってた時に、チチさんここに居候してたから料理は食べてたけど。おまえらは毎日食べられるんだよな、うらやましいなあ」
 ウーロンが、ほっぺが落ちそうだというようなおどけた仕種をしながら話しかけてきた。
 「ほんと。お店だって絶対に出せるのに、普段これを食べてるのが悟空さんと悟飯くんだけなんてもったいないよね」
 プーアルが何気なく言葉をついで、その後気付いたように耳をびくりと立てた。
 「まあまあ。ああ、もう遅いな。そろそろ悟飯、お前は客用の部屋に戻って寝たほうがよくねえか?」
 眉を顰めていた悟飯は肯いて、母にその旨を伝えに行こうと内庭の勝手口へと走っていった。おそらく、母はまたこの家の台所にひっこんでいるのだ。いいと言われているのに出たりひっこんだりで、ちっとも落ち着きがない。宴はまだ続くようだし、母もちゃんと愉しめと言い添えていこうと思ったのだ。

 
 庭を取り囲むようにしていくつかある勝手口のひとつの扉を抜けると、居住空間から会社エリアに上がるためのロビーがあって、台所はその脇だ。

 「あんな唐変木、どこで何してようが知った事じゃねえだ」

 その乾いた笑いを纏わせた声。
 悟飯の足はその場に縫いとめられた。右手の台所の入り口のアーチ、その中は窺えなかったが、母が、誰かと言葉を交わしているらしい事はわかった。何か、幼い小さな声の後に、まだ言葉は継ぎ足された。
 「おらには悟飯ちゃんがいるもの。あんな人、生きてようが死んでようが。どうだって。関係ねえだ」
 
 しばらくして、小さな靴の足音がこちらに向かってきた。その影は立ち尽くしていた悟飯を見とめると、緑の指をそっと唇の前にかざした。

 去る背中の向こうから、小さな鼻を啜る音がした。




 「悟空さんが戻ってこなくって、残念でしたね、って言ったの、ボク」この家の夫人自慢の温室で、デンデがちょっと首を傾げる様にして悲しそうな目をした。
 「そうなの」暗い温室で、並んで膝を抱えながら、悟飯は小さな声で答えた。自分の詰まった声が不機嫌そうに聞こえないといいなと思いつつ。
 
 「ねえ。なんで、地球のひとって嘘をつくのかしら」首の辺りにまいた柔らかい布に顔を埋めて、デンデが呟いた。「なんで、帰ってこなくって悲しいって、寂しいって言えないんだろう。ボクにだってそんなの嘘だって分かるのに、なんで言うのかな」
 
 悟飯は答えられなかった。蘭の、甘く蒼っぽく、素敵だけど何処か不愉快な臭いがあたりに立ち込めていた。
 「地球人って、変だね」
 「…軽蔑する?デンデ」
 「ううん、…むしろ、あ、嫌に思ったらごめんね、興味深いなと思ったの」
 「そっか」
 「『おかあさん』って、複雑だね」


 そうだよ。嘘だもの。
 だって、ゆうべ、おかあさんは、明日おとうさんが生き返るね、ってすっごく楽しみにしてたもの。何日も前から、すごくニコニコしてたもの。
 だから、ブルマさんに頼んで、戻ってきたおとうさんが喜ぶようにいっぱいいっぱいご馳走を用意してあげようって、今日の朝から一生懸命お料理したんだもの。
 そりゃがっかりして怒るよ、おとうさん。だから、あんな事言われたって、仕方ないんだよ。


 もう寝るね、と立ち上がり、大きな窓越しに西の都の華やかな光を、その上の星の少ない秋の空を見上げながら、悟飯は小さな胸の中に思った。


 おかあさんは、ボクがいれば、まだ大丈夫なんだから。
 だから、ボクがそばにいてあげなきゃ。
 おとうさんがいなくたって、ボクがいれば、我慢できるんだから。





 

 1年目の、その日が巡ってきた。取り立てて法事と言うほどのものは予定していなかったが、午前中から三々五々と父親を取り巻いていた人々が家を訪れてきた。カレンダーでは平日ではあったが、先日議会で提案があって、今年からこの日は救世記念日ということで世界的に休日にすることになったのだった。
 表にフライヤーが止まるたびに、先日10歳になった悟飯は家から顔を出して着いた人たちを出迎えた。そして、家の裏に、着いた人たちを案内した。5月の末、昨日まで雨は降っていたものの幸い今朝には晴れ渡り、そこに広げられた青いシートを眩しく日差しが照らしあげて、柔らかい風はぱたぱたと端をはためかせていた。

 「よし、と。しかし、みんな沢山供え物持ってきたなあ」
 今までプーアルと共に手を合わせていたヤムチャが、よぎり傷の残る目元をあげて傍に立っていた悟飯を振り仰いできた。
 「悟空さん、大食いでしたものね」プーアルが笑った。
 小さな、よく磨かれた墓石の前に敷かれたブルーシートの上には、先客たちが置いた饅頭やらドーナツやら果物がすでに山盛りになっていて、特別に置かれた花瓶にも、周りに母親が植えていた素朴なパンジーやらを覆い隠すようにして花がいっぱいに活けられている。
 「あ、それとこれはお土産だ。ちょっと早いかなとも思ったけどさ。彼女にも選んでもらったんだ、また遊ばせてやってくれ」
 「ボクからも。ボクはおもちゃのラッパです」
 「ありがとうございます」悟飯は微笑んで2つの可愛らしい包装の箱を受け取った。すぐ傍の窓から、赤ん坊の泣き声が聴こえてきた。
 「あらぁ、ヤムチャ、来たのぉ。久しぶりぃ。もうお参りは終わった?」
 母の寝室の窓を叩いて、向こうから先に訪れていたブルマが顔をのぞかせた。腕に自らの息子を抱きながら。
 「おう、ブルマ。早かったんだな」
 「まあね。ちょっとそこに居てよ。あんた達に相談があんのよね」
 丁度その時、上空からまたもう一機フライヤーが降りてきて、機体の窓から禿げ頭と派手なサングラスがきらきらきらめいて姿を現した。それで、しばらくその相談とやらは持ち越しになってしまった。

 カメハウスの連中…クリリンと、父の師と、クリリンの妻になった18号も墓参りをし終え、面子が一通り揃ったところで一同は中に入った。母の部屋からブルマがトランクスを抱いて出てきて、次いで母親が顔を見せた。
 「あんれ、クリリンさんたちも来てくださっただか、ありがとう」
 その後ろから、悟飯の祖父である牛魔王もドアの向こうから覗き込んできた。「武天老師様、お久しぶりですだ」
 「こないだ病院で会ったばかりではないか」父の師が笑った。「悟天はどうした?寝ておるのかの?」
 「ここにおりますだ。さっき起きてひとしきり泣きましたが、今は静かになりましただ」
 祖父が大きな身体をかがめてドアを潜ってきて、その大きすぎる毛むくじゃらの半袖の腕の中に大事に抱えたものをそっと差し出して見せた。わあ、と誰かがため息交じりに言った。この冬に生まれたばかりの、4ヶ月に入ったばかりの小さな、悟飯の弟。
 リビングに居た全員が取り巻くようにして注視してきたので、弟は大きな、ちょっとしっかりしてきた目元をびっくりしたように丸くして、きょろきょろとして口をぽかんと開けた。そしてまだ尻に生えた尻尾を左右に振って、ご機嫌そうに微笑んで見せた。
 「大きくなったのう」
 「ホント、午前中からお邪魔して世話を手伝ってるけど、すっごく食欲があるのよね、この子。トランクスも相当だったけどねえ。流石サイヤ人の子だわ」
 「というより、流石悟空の子だ、って感じだな。この髪とか、やっぱりそっくりだな」
 「あ、ウーロン、久しぶり」
 「そう言えばベジータはどうしたんだ?ブルマ」
 「こないだ見たところだからいいって」
 「まあ、生まれたときに見に来た時はびっくりしましたけどね。そうかあ。な、おれ達の子は男と女、どっちかな」
 「どっちでもいいっつったろ。生まれたときのお楽しみだよ」
 「さあさ、皆さん揃ったし、とりあえずお茶にするべよ」既に台所に立っていた母が手を叩いた。「でも、流石にこの人数ではせまっくるしいだな。お天気いいし、表にも1つテーブル出して、ちょっとピクニック気分としゃれ込むべか」




 いい天気、青空では雲雀が鳴き、村の田んぼには田植えの終わったばかりの早苗がきらきらとした水面の上で早緑色に揺れている。
 丁度昼すぎ、用意していた揚げ菓子に加えて、お供えに持ってきた菓子もひらいて、お茶の時間は楽しく過ぎた。悟飯はうちの台所と外を出入りして急須にお湯を入れたりまた電気ポットに湯を沸かしたり忙しく立ち働いた。母親は、クリリンが連れてきた18号に弟を抱かせている。クリリンと18号の間にはすでに子供が出来ていて、あと3ヶ月もすれば産まれて来るのだ。ほっそりとした白い身体にもだいぶん腹のふくらみが目立ち始めてきている。
 腕の中に小さな赤ん坊を抱いて、18号はいつになく戸惑った顔を見せていた。早くもヤンチャの片鱗を見せだした弟は良く動くので、抱いているのが大変なのだ。クールそうな雰囲気を普段している18号のそんな様子に、誰もが笑顔を見せ、18号は照れて悪態をつきながらも、やがて生まれてくる子に重ねているのか、いとおしそうに小さな命をその腕の中に納めている。
 ゆったりとした優しげな服に身を包んでいる18号を見ていると、ああ、色々と変ったのだな、と悟飯は感慨を覚えた。そして、時間は流れているのだ、と思う。
 あれから、一年。

 「というわけで、今からあたし達女性陣だけでちょっと羽を伸ばしに出かけてこようと思います。この子達の事お願いねっ」ブルマが、さっきの「相談」とやらの中身を皆の前で披露したのは、皆の腹と心地がすっかりくつろいだ頃だった。
 「何言い出すだ!」弟に横髪をつかまれるために、最近それをまとめこんで少し髪型を変えた母がブルマの隣から悲鳴を上げた。「おらは行かねえぞブルマさん。悟天も気がかりだし、いくらなんでもそんなの悪いだよ」
 「チチさんは黙っていらっしゃい。お姉さんの言う事は聞くものよ。あなたは溜め込むタイプなんだから、たまには発散しないと駄目なの。だからぁ、男連中は居残って、悟天君とトランクスの世話と、夕食作りをしていて頂戴。わかったわね。なんかあったらベル鳴らしてくれて良いから」
 青空によく映える髪をなびかせて、ブルマは堂々と宣言し、母も剣幕に押されてしぶしぶと肯いて、すまなそうに膝に抱いた弟の髪に唇を寄せた。その様子に、隣からトランクスが1歳過ぎになって少し大きくなった手を伸ばしている。
 「ちょっと待て。女性陣って、まさかあたしも入るんじゃないだろうね」
 「当っ然よ!」
 18号もひとしきりぶうぶうとなにやら言っていたが、結局は色々出産に向けて教えてあげるからの一言に折れた。あとは、ブルマに言われて逆らえるものなど残りの面子の中で居るはずもない。戸惑う男連中を尻目に、寝室に引っ込んだ女どもは化粧などをしなおして、さっさとブルマの乗ってきた高速機で出かけて行ってしまった。




 「どうしますか」男どもはリビングに、真中に置いた赤ん坊2人を囲んで車座に額をつきあわせた。
 「とりあえず、じゃあ俺料理班になるよ」ヤムチャが挙手をした。「チチさんほどうまくはないけど、そこそこ自信はあるし」
 「じゃあおらはこの子達を見ておくだよ。悟飯の時もあるし昨日から見てるし少しは慣れてるでな。老師様はどうなされますだ」
 「わしも赤ん坊組にするか」
 「プーアルも赤ん坊組だな」すっかり気に入られてしまってさっきからトランクスに離して貰えないプーアルを笑いながら、ウーロンが言った。「オレも付き合ってやるからさ」
 「じゃあ、クリリン、悟飯、おまえらもこっちな。材料買いたいけど俺は店を知らんし」
 「オレももう産まれるから慣れとくためにもあっちが良かったですが、仕方ないですね。オレも料理歴長いですし、お手伝いしますよ」
 かくして分担は決まり、料理班は連れ立って悟飯の家の車で材料の買い物に出かけた。山里を降りてしばらく行くと、母が息子を産んだ病院のある小さい町があって、一家はいつもそこで買い物をしている。ここ半年ほどは、お使いは悟飯の役目だった。
 一年前はここの商店街もセルの脅威に怯え、どこもシャッターを閉めてしまっていたものだが、今日は記念セールだとかで賑々しく街頭なども飾り付けられている。車を降りて、一行は日常通っているスーパーに入った。規模としてはそんなに大きくはないものの、セールに惹かれて周りの山里から人が集まっていて店内はそこそこに賑わっている。
 「メニューだが、もうここは無難にカレーでいいだろ。人数が居るから米も買って置いて、薄パンもつくろう。あとサラダも数種類」
 「お酒も買っていきましょう。ヤムチャさん、カレーは1種類でいいですか?悟飯、チチさんはどんなカレーをいつも作る?」
 「鶏のカレーです」
 「じゃあオレはいつも作るし、カメハウス流のシーフードカレーを作ってやるよ」
 「オレは牛肉にするぞ」ヤムチャがちょっと向きになった。「彼女にもこないだ褒められたんだ。俺の本気を見せてやるぜ、クリリン。武術はともかく、料理では負けねえからな。それと、悟飯、お前は鶏のカレーを作れ」
 「はい!?」ちょっと上の空でお菓子のコーナーを眺めていた悟飯はびっくりした。「ボク、料理なんてしたことないです!ご飯くらいは炊けますけれど」
 「いいか。お前は昔サバイバルをしていたって言うし、悟空みたいに料理なんてどうだってとか思ってるかも知れん。だが、料理に手間暇をかけるってのは平和な余裕ある生活、文明的な生活の証左なんだ。こういう日だからこそちゃんと実践をして、そのありがたさを噛み締めるべきなんだぞぉ」
 おお、と脇を通りがかった見知らぬおばさんがカートを押しながらヤムチャの唐突な演説に感心し、年寄りが激しく肯いて拍手をした。いや、どーもどーもとお調子者のヤムチャが周囲に頭を下げてヘラヘラして、悟飯は苦笑いをした。そこそこ見栄えのいい顔と身体をしたヤムチャは確かに奥さん達の注目をさっきから集めていたのだった。えへん、と咳払いをしたのち、ヤムチャは続けた。
 「それに、チチさんも育児が大変だろうし、お前もちょっとは料理を覚えて手伝ってやったほうがいいだろ」
 その言葉に悟飯の心は動いた。たしかに、母親はずっと夜中も叩き起こされて寝不足と家事の時間不足で大変そうだ。勉強が第一だし無理に手伝わなくていいと言われてはいるけれど、手伝えることが増えるに越した事はない。クリリンが肩を叩いてきて笑った。
 「オレも教えてやっからさ。だーいじょうぶ、カレーなんて切って炒めて煮るだけだもの、簡単だって!」
 ひとしきりまたカレーのルゥはどれがいいだの、自分ではいつもスパイスから調合しているのに使えなくて悔しいだの、いつもの海老がここでは売ってないだの大騒ぎをしてから彼らは帰宅の途についた。帰りの車の中で悟飯は、先月迎えた誕生日の祝いだと買ってもらった初心者向けの料理レシピ本に真剣極まりない目つきで目を通していた。母はあまり料理の本を見ない人なので、うちにある本には大体目を通している悟飯もその類の本を読んだ事がなかったのだ。でも、カレーのページを何回も繰り返し覚えこむまで読んだけれど、確かに切って炒めて煮るだけに思えたので、多少は安心した。
 「おお、帰ってきよったか。何にするんじゃ」
 帰ってみると、今の絨毯に座った父の師の膝の上に抱えられたトランクスが、隣の祖父に抱えられた弟の尻尾に猫さながらじゃれようとして押さえこまれているところだった。「力が強くってかなわん。いい加減おとなしく寝てくれんかのう」散々掴まれたのだろう白い鬚は既にぼさぼさだ。
 「ただ今帰りました。ええ、もう簡単にカレーにしますよ。オレたちでそれぞれ作りますからね。俺はいつものシーフードで」
 「おじいちゃん、ボクも作るんだよ。お料理なんてはじめて。ドキドキするね」
 「おう、悟飯も作るんだべか。大丈夫、おめえはおっかあの子だから料理が下手なわけあるめえ。自信もってやってみるがええだ」
 「悟空の子でもあるって事だけどな…豚カレーじゃねえだろうな。それはオレはくわねえぞ」
 「ウーロン、大丈夫、ねえからさ」ヤムチャが笑った。「じゃあお台所をお借りしますよー。プーアル、俺はいつものビーフカレーだ」
 「わあ、ヤムチャ様のカレーはおいしいんですよ。頑張ってください、皆さん!」



 「あいたっ」
 「あー、またやったな。大丈夫か」
 「大丈夫です、あんまり切ってないです」悟飯は痛そうにちょっと眉をしかめてから、流しで指を洗った。大丈夫だか、と後ろのほうから祖父の心配そうな声がしたが、大丈夫大丈夫と笑って3つ目の絆創膏を巻き、またダイニングの卓で包丁を握ってジャガイモに対峙した。
 「あんまり力を入れすぎちゃあ駄目だ」借りたバスタオルをギャルソンエプロンよろしくジーパンの上に巻いたヤムチャが、全員分のたまねぎをまとめて炒め続けながら即席の師匠よろしく口を出す。「こういうのは力加減だよ。よく研いである包丁だから、そんなに力をいれなくてもちゃんと剥けるし。だから、とりあえず皮と実の丁度間に上手く包丁を続けて入れる事だけ気をつけてやってみな」
 「こ、こうかな」
 「そうそう。で、親指で、こう刃を送って、実を回してやって」クリリンが手本を見せる。悟飯はそのとおりにやってみた。ちょっとするするっと皮が長く剥けはじめた。
 「あ、すごい」
 「リンゴならもっと続けてむけるけど、ジャガイモは凸凹してるし。とりあえずあんまり実を無駄にしないように薄くむければいいさ。で、包丁のケツんところで、こうやって芽をとってな」
 「へええ、すごおい」
 「お前、あんまり今まで手伝いとかしたことないんだな。まあまだ10だし、男の子だから仕方ないか」クリリンは苦笑しながら、自分の分に入れる香草を支度し始めた。「しかし案外おまえ不器用なんだな。昔悟空も、俺と一緒にランチさんの料理手伝ったことあるけど、不器用で見ちゃいられなかったぜ」
 「お掃除とかお風呂沸かすのとかはしてますよぉ、お手伝い」
 「包丁遣いは料理の基本ってな。すっごく練習すれば、前にチチさんが作ってくれたみたいなすごい飾り切りも出来るようになる」
 おかあさんってすごいんだな、と改めて悟飯は思った。三度三度、毎日毎日、母はこのようなことを繰り返してくれている。父親がいなくなって量は減ったけれど、眠くったって、疲れてたって、いらいらしてたって、ちゃんといつも美味しいものを用意してくれる。
 昔、デンデとさよならして天津飯と餃子が生き返った日にも、パーティがあって母はご馳走を用意してくれたけど、そこでも花や鳥を綺麗に包丁で作って、皆がそれを褒めてくれた。そこには、凄い手間と技術があったんだな、と今更ながらに思う。
 母は編み物とかでもそういう細かい作業が好きな人だ。自分は几帳面だって言われてきたし、性格はずっと母に似ていると思っていたけれども、実はそうでもないのかしら。
 ほら、もう一個、とジャガイモを手渡されて、悟飯はもはやセルより手ごわく思える敵にまた敢然と向き直った。




 「たっだいまー!あー、楽しかったわぁ。スパ行ってマッサージしてもらって、メイクもしてもらってお洋服も見て、そんでほら、こんなにいろいろ買っちゃったのよぉ」
 夕方、そろそろ暗くなるという頃合になって女達がようやく帰ってきた。3人それぞれの腕に、どっさりと子供用品を抱えて。クリリンが慌てて駆け寄って、18号の分を受け取った。
 「悟天ちゃんは大丈夫だったべか!おっとう、あの子達はどこに行っただ!」母が家の中に駆け込み、寝室でトランクスと寝ていると聞いてほっとした顔をする。
 「いい匂いがする」18号が何処かさっぱりとした風情の顔を部屋にめぐらせた。「カレー?なんかいろんな匂いがするね」
 「ああ、3種類も作ったんだ!いつ帰ってくるかわかんなかったし、長く煮込んどけば美味くなるしな。オレは仕上げにこれから魚介を炒めて加えれば完成さ、お前好きだろ?さあ、早速晩ご飯にしよう!」
 
 折り良く赤ん坊達も起きたので、カレーの仕上げとサラダの支度の後、離乳食と哺乳瓶も交えての食卓になった。椅子が足らないので、リビングのソファや絨毯の上にまで広がってというちょっと行儀の悪いものだったけれど、みんな上機嫌で、カレーとサラダのバイキング形式になった食事を愉しんだ。
 「ヤムチャのカレーも久しぶりだわ。うーん、このスパイス、深いわぁ。やっぱりいいわねえ」プーアルとウーロンがブルマの言葉に肯く。
 「いつもはうちは魚介だけど、これもいいね。この鶏のは誰だい」
 クリリンがにかっと笑ってこちらを親指で指すと、18号がちょっと青い眼を丸くした後、やばい、あたしも料理覚えないと、と小さな声でひとりごちた。クリリンが笑った。
 「あらまあ、これは悟飯ちゃんがこさえたカレーだべか!?」
 また一旦弟を寝かせてきて隣で食べていた母が素っ頓狂な声をあげた。照れながら悟飯が肯くと、へえ、と感慨深そうに言って、ついで悟飯の指に巻かれた絆創膏に気付いて、今度は悲痛な呻き声を出した。
 「初めてにしてはうまいもんでしたよ」ヤムチャが言い添えると、母はぼやいた。
 「まだ10だし、男の子だし、そんな無理に料理なんてしなくってええだに。こんな怪我までしちまって」
 まあまあ、とソファにでっかい身体を納めていた祖父が母を宥めた。

 「ぼ、ボク、お料理楽しかった!おかあさんみたいに美味しくは出来なかったけど。また練習したい!だから、また食べてね、おかあさん!」

 悟飯がそう必死に言い募ると、母はちょっと目を瞬いた。父の師が暢気に、悟飯の鶏カレーを薄パンにつけて頬張り言った。
 「そうそう。料理ぐらい出来ねば、悟空のような食い物に構わん男になってしまうぞい。あやつときたら味も行儀も何もお構いなし、ひたすら食べるばっかりでのう」
 どっと、母と悟飯以外が笑った。ちょっと遅れて、母も優しく笑った。
 「そうだな、また教えてやるだよ。これからの男は料理くらい出来ねば、いい嫁の来手もねえだ」
 言った後で、ん?と母は首をかしげてヤムチャを見た。そうでもなかったかな、とちょっと舌を出す。
 「これ…どう?おかあさん」
 「ちょっと塩が強いべかな。でも美味しいだ。ありがとうな、悟飯ちゃん。そうだ、これを悟空さにお供えしに行くべ」
 

 
 中ではまだ一同は食事を愉しんでいたけれど、一皿小さな器に鶏のカレーを取り分けて、弟を加えた母子3人は日の落ちたばかりの外に出た。まだ雲の残る空は夕日を映して赤く青く、まだら模様にまだ輝いている。夕暮れの風が葉桜を揺らし、今は主に悟飯が面倒を見てやっている家庭菜園の苗たちを揺らした。
 家の裏に回ろうとしたところで、母と弟の寝室にある勝手口がガチャガチャと音を立て、ブルマが母の突っ掛けを履いてトランクスを抱いて出てきた。
 「あたし明日仕事だから、もうそろそろ帰らなきゃいけないもの。だから、孫君にもっかい挨拶しておくわ」
 それで3人は墓の前にカレーの皿を供えて、手を合わせた。
 「おいしいだろ?悟空さ」
 母が言った。メイクをしてもらったという、いつもとは少し違う、少し美しく見える横顔を微笑ませて。その頬に、弟が掌をぺちぺちと添えた。

 「もう、一年ねえ」
 立ち上がったブルマが、胸に抱いたトランクスを揺すってあやしながら、ぼそっと言った。「この子も、重くなるはずだわ」
 「赤ん坊が大きくなるなんて、あっという間だよ。すぐ、悟飯ちゃんみたく大きくなるだ」
 そうね、とブルマが微笑んだ。「本当に、あっという間だわ。悟飯くんと初めて会ったのも、あんなに小さくて孫君の膝の後ろに隠れてたのも、ついこないだの事みたい」
 
 悟飯も、そうだな、と思った。本当に月日がたつのはあっという間だ。この一年は、特にそうだった。
 母親の中に新しいきょうだいがいる、と知った時、動揺したのは否定できない。産まれた時に、あまりに父親に似たその面影に罪悪感に心が痛みもした。
 悟飯は、母親の腕から弟を受け取って、立ち上がって空を仰いだ。…でも、やはり、この子がいてくれてよかったと思う。母親にとっても、自分にとっても。昔、帰ってこない父親を待っていたときのような、何処か息苦しい母と子の生活には無かった、新しい風。
 或いは、今輝きだしたのと同じような、宵の明星。



 「孫君が帰ってこなくって、寂しい?」
 なぜか、ブルマが、そういう言い方をした。母親が首を横に振り、立ち上がった。
 「生きてたって、死んでたって、関係ねえだ。おらには、この子たちがいるもの」
 風が吹いてブルーシートがまたはためいた。だけど、それにも負けず聞こえた声は、あの晩とは全く違って、晴れやかにきりりと温かかった。その姿は、あの時とは違って、力強く立体感を持って、凛と残照に輝いていた。
 「そうね、あんなやつ、あの世で楽しくやってリャいいのよ。ばっかねえ、こんないい女、いい家族、置いて行っちゃうなんてさぁ」
 ブルマがからからと笑った。母がかがんで、他の供え物の花でつぶされそうになっていた、元からの花壇の紫と黄色のパンジーを一花積んで、口元に当ててにやりと笑って見せた。

 さあ、もうちょっとのんびりしたら帰りましょ、と踵を返すブルマに母も続いた。悟飯を追い越しざまに、母がまた、パンジーを持って笑った。




 弟を抱き、もう一度墓石を見下ろし、悟飯は思い出す。…花言葉は、たしか『純愛』。或いは、『私を思ってください』。
 「ね、おとうさん。おかあさんは嘘つきだね」
 弟が悟飯を見上げて、丸い目を微笑ませた。
 
 今なら分かる。5年前には、わからなかった事。
 嘘をつかないと、強くいられないこともあるって事。自分が立っているために、強がってしまう事があること。周りの人を心配させたくないから、強がってしまうことがあるってこと。
 それで、ちょっと誤解があって、ぎすぎすすることもある。この一年だって、そういうことが何度かあった。これからの生活だって、きっといっぱいあるだろう。でも、大丈夫。きっと、家族お互いが、お互いを大好きで、思いあって、だから心配なのだと信じあっていられれば。
 悟飯はまたクスリと笑った。今、空の彼方で、必死に地球について、地球人についての勉強をしているデンデに、また教えてあげよう、と思いついたので。


 だから、おとうさん。
 ボクが、あなたのかわりに、ずっとおかあさんの傍にいます。ずっと、この弟の傍で守ります。
 だから、安心して、あの世で楽しく修行していてね。






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