このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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travel






 この星の時間にして2ヶ月ぶりの帰郷だった。泡沫の眠りをかすかなアラーム音が破って、小さな宇宙船内部の温度が徐々に上がっていく。ゆっくりと脳内が覚醒していく。バーダックはいつもこの時己が母の胎内を破ってこの世に生まれ出るような錯覚の夢を見る。それはけして喜びではなく悪夢だ。
 夢の中で湛えられていたぬるま湯が失せ、全身をひどい締め付けと焦燥が襲う。母の苦痛の叫びが四方八方から破鐘のように響いてくる。息が詰まる。苦しくなる。早くここから抜け出さなければ。手を伸ばす先に一筋の光。光。明るくて新鮮なもの。狭いそこに頭を突っ込み、ねじ込み、ギリギリと這い出ようとする。なおひどくなる苦痛の大音声。
 やめろ。
 そんなに苦痛なら、産むな。
 いっそ、共に死のう。どうせ産まれたとしてろくな事はない。お前もそう思っているではないか。
 このように力のないものなど、産んだとして、産まれたとしてなんになろうと。
 だからいっそ共に…!






 悪夢を衝撃と光が破った。
 惑星ベジータに到着しました、という機械的なアナウンスが宇宙船の内部にそっけなく流れた。毎度の事ながらひどい眩暈と吐き気がした。深く息を吐きながらまだ冷たい指先で顔を覆った。背中からわきあがる悪寒と震えをやり過ごす。10秒の後にアナウンスの後にポッドの蓋が開いた。表から早速外に出た同僚たちの明るい声がする。
 力の入らない脚を叱咤して立ち上がった。表に出ると一番古い付き合いのトーマが立っていた。手は貸さないもののペースを合わせて無言で発着場の石畳を歩き出す。少し前を女戦士のセリパが、しなやかな背中を伸ばしながら同じようにゆっくり歩くのが見えた。その少し前をトテッポとパンプーキンががっしりとしたそれぞれの体躯を揺すって陽気に笑いながら。後ろで先ほどまで乗ってきた船が、ごろんごろんと駐機場に運ばれていく音がした。

 検疫・査定・入管の諸手続きのあと故郷の入り口が彼らに開かれた。着いたのはもう午後も遅く、久しぶりに見る故郷の空は独特の霧がかかった赤土色のくすんだ夕焼けだった。誰かがいつもながら辛気臭い星だぜ、と感想を述べた。この星は霧が多い。久々に感じる星の高い重力がひどく脊髄に重く、足も這うように、宇宙港の丘から王都市街へと続く、石の多い鈍鉄色の舗装を進んだ。雨の後なのかじけじけと下り坂の歩道は湿けり、時折まだおぼつかないバーダックの足元を躓かせようとした。
 受け取ってこの星の通貨と交換した報酬は、それほど多くはなかった。交換レートは最近芳しくなかった。故郷は何もかもが辛気臭く腹立たしかった。誰かが足を止めたので5人は…バーダックを名目上の筆頭とする5人の下級戦士部隊は…揃って、丘の上から霧と真紅の夕日に沈む王都を見下ろした。小さな星に住まう少数民族サイヤ人のほぼ半数が住まう、大海に面する千年の都。古い様式と、異星の様式が醜く混在した街。きっちりと貴族と下級の区域が母なる河に分離された街。
 彼らが帰るべきはその下級の区域にある、戦士寮の群れのひとつだった。
 「どうするよ、これから」トテッポが言った。
 「どうもこうも」パンプーキンが肩をすくめた。「とりあえずはメシよ。酒よ」
 「いつものところ?」セリパが唇を尖らせた。「あそこは最近味が落ちて。たまには違うところがいい」
 「じゃあお前が店選べ。俺は女のところに行くから途中で抜けるからな。バーダック、お前は」
 トーマが振り返ってきた。都を眺めていてその声に気づくのが一瞬遅れた。ああ行く、と返事を返しかけたところに容赦の無い笑いが飛んできた。
 「あんたはホントに睡眠酔いがひどいのねえ、いつまでたっても」
 「まあとりあえずボーっとしててもひっぱってでも飯屋には連れてってやるぜ。付き合えよな」
 「食うだけ食って女の中に出すもん出しちまえば、なに、ぐっすり眠れるってもんよ」
 「さあさあ隊長殿、このパンプーキンの背中にどうぞお乗りくださいませ」
 おどけて差し出す背中を、ぬかせ、とひとつ鼻を鳴らしながら軽く膝で蹴って笑ってやった。このメンバーと組むようになって数年。口は酷いが居心地は悪くない。あまり部隊内で馴れ合うのは「上」が好まないのでそのうちまた配置換えがあるかもしれないが、出来得る限りはこのままでやっていけたら、とバーダックは思っている。





 自室で目が覚めたのは翌日の昼だった。窓の外には季節特有のじとじととした雨が降っていた。狭い一人用のワンルームの居室の汎用モニターを水を飲みつつ覗く。2ヶ月たまったもろもろの用件…大半は遠征先にも転送されていたものだったが…に眼を通して片っ端から削除していく。最新の日付、昨日の分には次の遠征の確認の通達と、今一件のプライベートに属するメッセージが届けられていた。
 「長子ラディッツの次回の遠征先について」
 そう題されたメッセージを一応開いて、すぐに削除した。飲み終えた水のグラスを小卓に置いて、モニターを切り、帰途の間にたまった垢を流すためにシャワーブースに向かった。窓の外は薄暗く、部屋の中はさらに暗かった。が、彼は明かりをつけようとはしなかった。彼は暗がりを好む人間だったので。まだ冷凍睡眠の酔いが脳の中に不愉快な波となってざあざあと残っている。
 ブースの中で座り込んで湯に打たれて目を閉じていると、自身が幼少の頃落とされた…赤子の頃に星に送り込まれるのを俗にこういう言い回しをするのだけど…星の、塒(ねぐら)にしていた海岸の洞窟が思い出された。思うに睡眠酔いがひどいのは体質もあるけれど、着陸の際に場所が悪く溺れて危うく死に掛けたという心的外傷の一部なのだろう。目覚めたときは無人島の浜に打ち上げられていた。本能に任せひとり洞窟に潜み、ひとり魚や何かで飢えを満たして生きた。自らが成すべきことが頭の奥底から言葉にならない言葉となって波の音と共に始終襲い掛かってくる。それは送り込まれる途の途中で深層意識に叩き込まれた暴力と殺戮の命令だった。冷たいじけじけと潮に濡れたその塒から飛び立てるようになるまで何年がかかっただろう。飛んで、海を渡り、ひとの姿を見分けたときには歓喜に震えた。やっとこれで、ひとを殺すことができるという悦びに。
 数年をかけてひたすら殺しまくった。その星の人間は悲しいほどに脆弱だった。そもそも身体が小さかったから。首根っこをつかんで軽く力を入れるだけですむのだから簡単だったし、月を2つ持つその星では大猿に変ずる機会も多かった。
 彼らの叫び声は「言葉」ではなかった。もっともバーダックはその頃言葉を解さなかった。幼いけだものはひたすらに殺し、彼らの住まいに残された暖かい食事を喰らいつつ数年をかけて星の隅々をめぐった。そして誰もいなくなった。残ったのは美しい星の姿と動植物と己だけだった。そこから1年か2年経った後に、偵察隊が星にやってきてバーダックは回収されたのだった。






 シャワーの後にシャツを羽織って外に出た。寮から出てすぐ、もう一枚着ていればよかったか、と後悔した。雨は強さを増し、傘からはみ出た幅広の肩を濡らす。ひと気も少ない下層の市街区の石畳を歩く。戦士寮に程近い歓楽街では酒と、最近流行っているらしい葉っぱの匂いがした。所々に昨夜の名残のすえた臭いのものが雨に溶けている。それに顔をしかめつつ歩く。市場を抜け、異星人居留区の脇を抜け、建物も疎らな未舗装の道に出た。胸に抱えた包みをかばいつつ向かったのは海岸沿いの特に貧しく厳しく差別された一角、非戦闘員地区である。
 留守にしていたので少し軒下で居眠りをしていると、女が帰ってきて膝を叩いた。ドアを開けて迎え入れられるなり、雨に濡れたシャツを脱ぎ捨てて温かい身体に抱きついた。冷えた肌を女の肌がくすぐり、惜しみない熱を分け与えて、また愛撫に更なる熱を吹いた。柔らかい大き目の胸に顔をうずめて、相手のくびれた腰を捕まえて身体を貫く。寝台の上で白く華奢な体がはね、柔らかい、筋肉の少ない二の腕が彼の乱れた黒髪を、耳朶を挟み頭をかき抱いた。女が快楽に眉をひそめて頭を指でかき乱し打ち振ると編みこまれたものが解けて、草臥れた寝台のシーツに、ぶちまけられた血飛沫のように長いしなやかな黒髪が綺麗に広がった。尾をも使って相手を何度も責め上げる。表からは波と雨の音がしていたがもう例の酔いは覚めて、彼の冷えていた体からは熱い汗が噴いていた。
 そういう時彼はいつもあの星にまつわる何かが偽りの記憶で塗り替えられるように思う。ごつごつとした冷たい濡れた岩にいつも濡れていた肌が塗り替えられていく。突き上げる快楽が白くその日々を塗り替えていくように思う。この家を訪れるようになって3年余り、この女の肢体の上は居心地のいい場所だった。世間的には戦闘員が非戦闘員とこうすることはけして喜ばれる事はないしむしろ憚られることであったけれど。

 帰途の途中睡眠学習で今度は言葉を叩き込まれ母星に帰還し、10に満たないうちから同年代の戦士の中に放り込まれて身につけたのは暴力によって立つ社会的秩序と猥雑な人間関係、一通りの悪い遊びだった。正直に言えば数え切れないほどの女を抱いてきたし、そのうちのひとりは子を成した。その女はサイヤ人の女が概してそうであるように早世したがそれについては何ほどの感情もなかった。女は子供を胎内で強く育て上げるために言葉どおり全てを注ぎ使い果たす。ゆえに二人も産めば力尽きて弱って死んでいく。それがサイヤ人が少数民族である理由のひとつだった。最近は異星のものとの混血もないではないが、矜持の高い民族にとってそれは喜ばれることではなかった。
 それに比べれば、たとえ強い子供の望めない非戦闘員の女であろうと、まだサイヤ人の女をこうして抱いている方がはるかにマシだ、と胸中言い訳をしながら腰を使う。相手の尾がびくびくと波打つのを捕まえ、脱力したところに注ぎ込んだ。呻きながらまぶたを閉じ、相手の滑ついた胎内の動きを一心に感じ覚えようとする。次の遠征は3日後に迫っていて今度も長くなりそうだったから。
 恍惚の表情でまだ身体をひくつかせている女の唇をひとつ吸い、立ち上がってしなやかなその寝台の上の肢体に毛布をかぶせた。みずからの額の汗を指でぬぐいながら見渡した部屋は相変わらず本に埋め尽くされていた。管理局の文官である、恐ろしく頭のいい女のすまいに似つかわしい部屋だ。彼は携えてきた包みから、遠征先から略奪し持ち帰った本を数冊、片付けられた机の上に積んだ。女の趣味は異星人の文化の研究だった。服を着て表に出ると雨は小降りになっていた。

 白い漆喰の絵に描いたような貧しい家屋の軒下、ベンチの上で紫煙を燻らせた。最近異星から持ち込まれる、常習性の強い葉は好きではない。オールドタイプの、香りだけを楽しむような葉を彼は好んだ。葉の香りを脳に廻らせながら目の前の墨色の海を見た。土色じみたグレーの雲に覆われた空は陰鬱で、あの星の青い青い美しい空とは比べ物にならなかった。帰還したときにやたらとこの星に失望したのを覚えている。こんな星で、これから貴族に王にかしずき、使いつぶされていくだろう己の運命に、子供ながらに吐き気がした。何もかもを滅ぼしたあとあの星で彼は間違いなく自由極まりない世界の王だったのだから。
 ぼんやりとそのように景色を見ていると、雨に泥ついた坂を上ってくる少年の姿が見分けられた。14,15になる少年はバーダックを見て露骨に顔をしかめた。
 「帰ってきてたのか」
 「ああ」
 「姉貴は」
 「まだ寝てる」
 「…じゃあ」
 家のドアをくぐらず裏路地に消えていく、女の弟の後姿を見送る。今年から戦闘員として他星に送り込まれるため、今は訓練をしている。しかし血筋か力が足らず、始終他の少年たちに虐め玩ばれているのらしかった。今も服の下に見分けた素肌にはその痕がいくつもあった。あの年頃は一番見境がない、始末の悪いものだし、集団となればそれはなおさらである。

 中から、もう帰るの、と細い声がした。ああ、と答えた。しばらくの衣擦れの音の後、女が中から出てきてベンチの隣に座った。屋根を葺くスレートと草藁からしずくが滴って女のスカートをところどころ濡らした。
 女がバーダックの肩口に小さな頭を寄せた。彼はなにもせずそのまま煙を燻らせた。しばらくして、女が妊娠したの、と小さな声で告げた。細い、儚げな冷たい指を彼の二の腕に沿わせながら。
 「…俺の子か」
 女が肩口の頭を頷かせた。波が引いていく音が目の前に暗いものとして見えるような気がした。
 「堕ろせ」
 だらりと落ちた腕の先、指から落ちたものが足元の水溜りに落ちてじゅっと音を立てた。女は彼を見て嫣然と微笑んで、首を今度は横に振った。
 「頼む」
 女が眉をひそめた。大きな黒い眼がおののいたが、また首を横に振った。女は生まれつき心臓が弱かった。ゆえに戦えないのである。口にして女に寄せていた執着の大きさに気づいて彼は震えた。折角忘れたばかりのあの悪夢をまた思い出した。彼の母親も彼を産んだあとすぐ死んだと伝え聞いていたから。
 そもそも少数民族にとって産み殖やす事は繁栄のための至上命題である。だから堕胎などということは許されることではない。最近はだいぶ栄養事情や医療も発達したから、ひとり産んだだけで死ぬことも減ってきてはいる。が、この女にそれが耐え切れるものだろうか。抱いただけで時折苦しげな様子を見せるのに。だから、気を配ってたはずなのに。
 無言のまま時間だけが過ぎていった。しばらくして女が身支度をして戸締りをし、市場へ出かけていった。雨がやみ薄日が差し、雲の切れ間から光が海に降り注いでいた。ベンチに残された彼は、立ち上がるとおもむろにそれを蹴り壊して、ゆっくりと坂を下っていった。それが、彼がその家を訪れた最後だった。








 彼はまた悪夢を見る。繰り返す殺戮の旅の途中で、いくたびも。
 自身が母を食い破り、胎内から逃れ出る夢を。
 赤子が女を食い破り、胎内から這い出てくる夢を。


 何回目かの遠征の後、数日の休みを終え、自室で次の出立に向けて身支度をしているとき、部屋の汎用モニタがメッセージの着信を告げた。
 
 第二子誕生。男児。母親は死亡。

 あとに、女がつけた名が続いていたがそこまで読まず、バーダックは即座にメッセージを消去した。




 寮のホールに、寮に入り背の伸びた、女の弟がソファに腰をかけていた。眼が合うと、噛み付くような眼でにらみつけてきた。
 「知っているんだな」
 無言のまま、足を止めて一瞥をくれた。
 「なぜ、会いに行ってやってくれなかった?」
 無言でそのまま歩を進めた。いつか殺してやる、という声を背で聞きながら。珍しく穏やかに晴れた陽射しの暖かさを頬に感じながら。街は間近に控えた年に一度の大祭の予感に浮かれさんざめいていた。








 「今回は冷凍睡眠もない近場だからバーダックも楽だな、惑星カナッサか」
 明るいトーマの声が、ポッドの通信機から聞こえてくる。
 「最近バーダックはますます睡眠酔いがひどいからな」
 「そういえばバーダック、またガキが生まれたんだってな」
 「へえ、ふたり目だね、よかったじゃないの」
 「…たいした戦闘力もねえ、屑さ」
 そう答えたところで、通信が切れた。しばらくの後、再び繋がったが少しの間誰も口を利かなかった。口火を切ったのはセリパだった。
 「…あたしにしときなよ」
 一瞬息を詰めるようなそれぞれの感触が、宇宙を縫って届いてきた。
 「ごめんだね」
 苦笑をわざと聴こえるように交え言い放った。
 「そうね、そんな屑しか産めないような非戦闘員でも、それでもよかったのよね」
 「…」
 「らしいわよ、あんたには」
 くつくつと、他の三人の笑い声がした。切るぞ、と宣言して通信を落とした。眼を閉じる。身体が落ちていくような虚脱感がじわじわと背筋から忍び込んできた。
 もう会えないし、会いにいく必要はない。その必要におののくこともない、という安堵が、その闇の奥にある。
 唐突の別れから、女からは何の便りも無かった。その事実をそれでいいのだ、という言い訳にして。



 もう、あのゆるやかな滅びに向かっている母星に、帰るべき場所はない。
 果てしのない旅に、これから生きていく。いくら悪夢を見ようとも。
 あの懐かしい美しい星の王でなくなった自分には、それしか道はないのだから。

 そして、自分は産まれてきた子を憎むだろう。憎んで執着し続けるだろう。
 それは、おそらくいつかあの女から異星の概念のひとつとして教えられた、「愛」というもののひとつのかたちなのだ。







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