このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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pain3




 朝、といっても昼近い時間だが、珍しく居間の電話が鳴った。
 熱い煙ったような潮風を吸い込んだシーツに顔をうずめていた彼女は、白く細い腕を目にかざすように寝返りを打って、身じろいだ。ブラインドの隙間から、容赦のない南国の太陽が漏れこんで、肌にじりじりと何本もの線を投げかけた。彼女は、傍らのタオルケットをつかみ、自らの金髪の上からかぶりこんだ。
 ひどくけだるい。からだには常に、人ならぬエネルギーが満ちているが、それがぐらぐらと常ならぬからだの作用に煮えくり返っている。眉根にしわを寄せて、タオルケットの影でまた寝返りを打ち、透明な色の瞳をかろうじてこじ開けた。下からは、なんだか嬉しそうな声がしている。
 「18号ちゃん、起きとるかの〜?」
 ドアの向こうから、この家の主であるとぼけた老人の声がした。
 「起きられたら、お出かけじゃ。チチに子供が生まれた。みなでお見舞いに行くぞい」
 「18号、大丈夫かー?行けるなら、支度してくれ。無理そうなら俺と武天老師さまだけでも行ってくるから!」
 階下から、はずんだ声がした。
 彼女は、起き上がって、足元にあった大きめの白いシャツをキャミソールの上からかぶった。とりあえず、シャワーでも浴びねばならない。
 カメハウス、ここが、半年前に彼女が自らのすまいに選んだところだった。




 ばたばたと支度をした後、一行はウミガメを留守番に、飛行機で島を後にした。
 「悟飯のやつ、これでアニキですねえ。はじめてカメハウスに来たときは4歳でしたっけ?あんな小さかったのに。やっぱり今度の子にも尻尾あるんでしょうかねえ」
 「しかし、改めて、悟空もやることやってたっちゅうわけじゃな。あの時も散々驚かされたがなあ。まさかあの悟空がとな」
 「何も知らなかった癖して。でもまあ、それは武天老師様のおかげもあるんですよ、きっと。あの国語の教科書の」
 「そうじゃぞ、あれは、国語も美術も保健も学べる優れものなんじゃ」
 わはは、と笑いあう2人の後ろの席で、彼女はシートに後頭部をつけて空を見ていた。自ら飛ぶのはいいが、もともとあまり乗り物に強くないのだ。遠くの、エメラルドグリーンの水平線に、ぽつぽつと浮かんでにじんだような島影を目で追いかける。
 「みんな来るみたいですよ。西の都組も、たぶん同じくらいにつくんじゃないですか。でもまあ昨日出産だったというからまだそんなに長く面会できないでしょう。病院は家の近くだそうですから、あとで家にみんなで寄っていってくださいって、悟飯が言ってました」
 「あやつらと揃って会うのも久しぶりじゃな。ほんに薄情な連中ぞろいじゃから、こんな機会でもなければなかなか集まりゃせん」
 「まあ、みんな忙しいですからね。ブルマさんもいまや社長ですし。でも、集まるんなら、驚かせるいいチャンスですよ。…18号、大丈夫か?やっぱ、無理してこなくてもよかったんだぞ?」
 「…平気」
 操縦桿をお願いします、と傍らの老人に頼んで、席を立って傍らに近づいてきた。
 「確かに、お前がいたほうが話は早いけど、体調崩したら元も子もないからな」ひんやりとした手が、彼女の額に添えられた。「戻ろうか」
 「いや」その手を、照れくさくなってそっと払いのけながら、彼女は言った。「会いたいんだ」
 しばらく、目を細めて彼女を見つめる視線。「わかった。じゃあ、ちょっと、下に下りて休憩しよう。お土産も買わないといけないしな」
 前席の老人が、操縦桿を握って前方の遠いところを眺めながら、にやりとひげを歪ませるのを、彼女はガラス越しに見た。
 



 昼にカメハウスを出て、夕暮れ前の時間くらいに、一行は東の田舎についた。目指す病院は、少し町のほうにあるので、今一度場所を電話で確認して飛行機を着陸させる場所を探す。小さな静かな病院から少し離れた空き地に降り立ち、出産祝いのフルーツを携えて3人は町を歩いた。静かな町だ。
 「いつ来ても田舎ですねえ」
 「あやつの家のほうはもっとド田舎じゃぞ」
 「学校も無いくらいですからねえ。いろいろ大変でしょうに、でも、やっぱりあの家がいいんでしょうか」
 「そりゃそうじゃろ。わしらだってなかなかあんな不便な島から動こうとは思わん。やはり慣れ親しんだ土地がいいのじゃよ」
 「…いろいろ思い出もあるでしょうしね」
 そんなことを話しているうちに、病院に着いた。薄いピンクの壁をした、ややレトロな木造の建物だった。ドアを押すと、小さな受付で、用件を聞かれて少し待たされた。看護婦が病室に内線を入れて、何か話をしている。
 受付の左のアーチの奥には、待合室があった。柔らかな内装と、窓などにちりばめられた幼げなデコレーション。椅子には、大小の腹を抱えた女たちが、また、その付き添いが、そして、幼い子供がいた。彼女の胸のうちが、ざわりとなった。なにか色々なものがない交ぜになった感情がわいて、発作的になにかを壊してしまいたいような気持ちになった。着ていた短い淡い色のワンピースのすそのほうをそっと握り締めた。足首にはレッグウォーマー、上には暖かいダッフルコートを羽織っている。頃は2月、南国の家とは違い、このへんはさすがに寒い。さっき下の町であつらえたものだった。

 「クリリンさーん!武天老師様!」
 2階への階段から、明るい声がした。
 「おお、悟飯、久しぶりじゃの。よかったのう」
 「悟飯、おめでとう!」
 降りてきた少年は、受付の看護婦にしかられて舌を出しながら、祝いの品を受け取って笑った。彼女と目が合うと、ちょっと不思議そうに小首をかしげた。傍らの男が後で話すから、と目配せをした。
 「お母さんは、ちょっと今寝てるんです。お産が長かったですからね。おじいちゃんがついてます。ブルマさんたちはもうくると思いますが、もう少ししたら晩御飯なので起きると思いますから、お母さんに会うのはそのときと言うことで」
 「男の子じゃったな」
 「ええ、名前はもう決めてあるんです。お母さんがつけました」ちょっと疲れたような顔をチラッとのぞかせたが、少年は笑った。そこに、どやどやともう片方の一行が入ってきた。
 「あー、ここよここよ。お邪魔しまーす」
 「おっ、悟飯じゃねえか。クリリンと亀じいさんも。久しぶりだなあ」子豚が手を上げた。
 「おめでとう、悟飯さん」空飛ぶ猫が少年に小さな花束を差し出した。
 「ちょっと、ヤムチャ、はやく上がってよ。玄関狭いんだから。ベジータも、そんな門のところで突っ立ってないではやくいらっしゃいよ」
 「よう、悟飯、元気だったかぁ?武天老師様、お久しぶりです」靴を脱いでスリッパを取り出しながら、男が会釈をした。
 ドアの向こうでは、青いシャツを着た額の広い小柄な男がそっぽを向くようにして突っ立っていた。
 「あらあ、18号?じゃないの!? 」赤ん坊を抱えた女が、素っ頓狂な声を出した。彼女と一緒に暮らしてる男たちが顔を見合わせてニヤニヤした。「詳しくは、あとでな。ここは病院じゃから、みなに大きな声を出させてもいかん。さあさあ、先に赤ん坊を見に行こうぞ」
 一行が、階段を上がっていった。
 彼女は、しばらく、その背中を見送っていた。そこに、青い服の男が入ってきた。
 「なぜ貴様がここにいる」
 「…あたしの勝手だろ」
 「…ふん、あの連中にほだされたというわけか」
 「それはお互い様ってもんじゃないの」2人は薄暗い階段を上がり始めた。窓から午後の日光がやわらかく階段に影を落としている。「あいつから聞いたよ」
 「…ふん」
 上の新生児室のほうから、赤ん坊を見て一行が驚き喜ぶ声が聞こえてきた。




 「だろ、驚いたべ?ほんとに悟空さにそっくりなんだもの。おらも産んで疲れてたから、はじめて見せられたとき一瞬わけがわからなかっただ」
 まだ少し疲れた様子の母親が、ベッドに半分身を起こしながら笑った。
 「もう、誰が言おうと、なにがあろうと、確実に孫君の子供だわよ。尻尾もあるしねえ」その友人の女が深くうなずく。「あ、べつにチチさんを疑ってるわけじゃないけどね!」
 「尻尾はそのうちピッコロさんにとってもらおうと思ってるんです」少年が言った。「ピッコロさんも、ここにくればいいのに。連絡がつかないですからねえ」
 「そのうち会いに来るさ、絶対」「そうでしょうかね、クリリンさん」「そうさ。案外上のほうにいたりしてな。ブルマさんも、トランクスの尻尾ついでにとってもらったらどうですか」
 「悟天ですか。いい名前ですねえ」顔に傷を持つ軽薄そうな男が、壁の向こうの新生児室のほうを見やりながら言った。
 「天空の天、じゃな」老人がうなずく。
 「おらも、ぴったりだと思うだよ」少年の祖父が大きなからだをゆすって笑った。「悟飯のときは悟空さがつけただ。悟飯さんにあやかってな。その時も実はちょっと候補にあっただよ。ずっと、2人目ができたら、と思ってたんだよな、チチ」
 その場に、一瞬沈黙めいたものが落ちた。すぐにまた談笑が始まったが、しばらくして看護婦がそろそろ、と促したので、一行は退出の支度を始めた。そんな様子を、彼女は隅のほうの壁にもたれて眺めやっていた。
 一行がドアから次々と出て行く。少年の家に向かって、ひと時の同窓会としゃれ込むつもりだ。少年の祖父も、ちょっと買い物があるといって出て行った。
 少し病室にとどまった男が、ベッドの上に言った。「オレは行きますが、ちょっと、こいつが、チチさんと会いたかったそうですから」
 ベッドの主が、彼女を見て、不思議そうな、微妙な顔をした。男は、じゃあな、あとで加われよ、といい置いて出て行った。窓の外は、そろそろ冬のはやい日没だ。

 「…おめえ、人造人間、ってやつだろ。どうして?」
 沈黙の間にあっというまに日が沈んだ。あきらめて、彼女はそばの壁にあった灯りのスイッチを入れ、ベッドのそばに置かれた硬い丸椅子に腰を下ろした。
 「今、あいつと、じいさんと、一緒に暮らしてるんだ」
 「カメハウスで?」
 「…ああ」
 女の声は、疲れを含んで、奇妙に小さく優しかった。「…そういえば、悟飯ちゃんから聞いたことあるだ。クリリンさんは、18号さんが好きみたいですって。うまくいったのなら、それはよかったことだ」
 「…責めないのかい」
 「なにを」
 「怖がらないのかい、あたしを。あたしはあんたの旦那を殺すために作られて、結果的には死に追いやったようなものだよ」
 「そんなんでいちいち怖がってたら、身がもたねえだよ」女がそっと笑った。「生でピッコロが悟空さを殺そうとしたのは見たから、おらもピッコロは長いこと怖かった。でも、結局、仲良く、とはおらが勝手に思ってるのかもしれないけど、なれたしな。ベジータさんだってそうだ。おめえだって。分かるだよ、クリリンさんが、好きで、一緒にいるんだろ?そんなら、おっかねえことねえだ。それに、悟空さが死んだのはセルのせいだもの」
 「…そうか?」
 「そうだよ。それより、おらに、なんか他に聞きたいことでもあるんでねえけ?」起こしたベッドに置かれた枕に頭をうずめ、女の黒い大きな瞳が、まっすぐゆったりと彼女を見つめた。ゆったりと肩流しのみつあみにした黒髪と、淡いシルクのピンクのパジャマがよく映えてきれいだった。
 「あのさ」彼女はそっとため息をついた後、うつむいて小声でたずねた。
 「うん」
 「子供を産むのって、痛いかい。苦しいかい」
 女がちょっと目を見開いて、ため息のように、ああ、と声をあげた。
 「おめえ、いくつだ、今」
 「…18」
 「なんだ、おらが悟飯をみごもったのと同じ歳だべ。そんなら大丈夫だよ、おめえさは強いんだもの。たしかにすっっっっっげええええええええ痛いし、もうだめかと思うくらい苦しいけど、そんなんで死ぬ母親はいねえだ。お医者さんや産婆さんがなんとでもいいようにしてくれるだ」
 「痛いのか…」
 「まあ、過ぎてしまえば一瞬だべ。それにおめえは普通の人間と違うそうだから、あんがいけろっとしたもんかも知れねえし。もしそんならうらやましいことだけど。今回はちょっとおらもこたえたからなあ」布団の上に置いた彼女の手に、女の手が少し触った。「大丈夫だよ、おめえにはクリリンさんがいるもの。クリリンさんは頼りになるいい人だ。悟空さもほんとに大事な親友だって言ってた。だから、もし、おらに悟空さ死なせて悪いって思ってるんなら、クリリンさんを大事にしてやってけろ。クリリンさんが幸せなら、きっと悟空さも嬉しいべ」
 「…そうするよ」
 「頑張ってな」リクライニングのスイッチを入れて、下がり行くベッドに身を横たえて、布団をかぶりながら女が微笑んだ。彼女は椅子を立った。「クリリンさんは、きっと、いい父親になるだ。悟飯ちゃんの面倒もよく見てくれたし。だから、大丈夫」
 「ありがとう」彼女は、アイスブルーの目をそっと細めた。「できたら、また、いろいろ教えてくれ」
 うん、と、女が眠そうな声で答えて、手を振った。


 病室を出ると、新生児室の前で、「伴侶」が複雑そうな、でも幸せな顔で、親友の遺した赤ん坊を見つめていた。彼女が近づくと、照れたように笑った。

 2人は手をつないで、ゆっくりと階段を下りて、お披露目をするために山村の家へと冬の夜道を歩いて向かっていった。






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