このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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 カプセルコーポレーションの、シンプルではあるがよく整えられた長い廊下を、本を何冊か小脇に抱え、もう片方の手で文庫本を読みながら歩いていた悟飯は、ふと顔を上げた。
 廊下のだいぶ先を自分の小さな4歳の弟が、ぼさぼさの頭をぴょこぴょこと揺らしながら、ぱたぱたと向こうに向かってかけていく。そんなに走ったら危ない、と声をかけようと思ったが、弟も最近はだいぶ足腰がしっかりしてきたようだから、そこまで言うのも過保護だと思い遠くから見守ることにした。そういえば、と悟飯は思う。4歳といえば、自分が戦いに投じられて荒野にひとり放り出された歳なのだ。
 母親と、14歳の悟飯と、4歳の弟の悟天は、昨日から泊りがけでこの西の都のカプセルコーポレーションに遊びに来ていた。母の親友であり、弟の親友である人たちの家だ。
 悟飯自身はそんなわけでちょっと浮き気味だったので、もっぱらこの家ご自慢の図書館に入り浸っていた。なんといってもここは当代隋一の頭脳を誇る科学者たちの城である。悟飯の将来思い描いている専門分野である生物学とはちょっと方向性が違うが、智の先端に触れているのはやはり胸が躍るものだ。戦いのときよりもそういうときのほうが、悟飯は自分の血が騒いでどきどきするように思う。なのでここに来てからは本に没頭している。時折弟とトランクスが遊んで遊んで攻撃を仕掛けてくるのだったが。

 本の横目で弟を見守っていた悟飯の感覚が、不意にもうひとりの気を感じた。その相手が、廊下の突き当たりのT字路の先から現れて、自分の弟にぶつかりそうになった。
 あちゃあ。悟飯は読んでいた文庫本を閉じた。ベジータさんじゃないか。帰ってきていたのか。
 この家にいついてしまったサイヤ人の王子は、重力室での訓練とどこかへふらりとでかけるというのを、不定期に繰り返しているらしい。昨日自分たちがついたときにはカプセルコーポレーション内に彼の気はなかったので、出かけていたものと思って悟飯は安心していた。最初にまみえてから10年近く。だいぶなじんだとはいえ、やはり悟飯にとっては、かつての恐ろしい敵と言うイメージが今もぬぐいきれないし、彼のパーソナルもよく理解できなかった。何より彼の張り巡らせているバリヤーめいたものが苦手だったのだった。
 弟が、かつて自分がナメック星でされたようにキックでも叩き込まれたらどうしよう。悟飯はいつでも駆け出せるようにひそかに身構えた。
 しかし、ベジータは何もしなかった。しないどころか、腕組みをしたまま、なにか弟と言葉を交わしているようだ。ベジータがこちらを顎で差した。弟が自分に気づいてこちらへかけてきた。ベジータはT字路の向こうに消えた。
 「にいちゃーん!」笑顔で駆け寄ってくる弟。安堵しながら、悟飯は弟をたしなめた。
 「悟天」とびついてくる弟をふとももでうけとめて、悟飯はその頭をなでた。「走ったりして。もっと気をつけてないと今みたいに人にぶつかるぞ」
 「ねえ、にいちゃん。ボクって、そんなにおとうさんに似ているの?」弟が見上げながら言った。
 「え」悟飯の心臓が、どきり、と跳ねた。
 「ベジータおじちゃんが言ってたよ。カカロットに似ている。本当に父親に似てきたって。ちょっと笑ってたよ」
 おとうさんに似てるのはわかるけど、カカロットってだれ?死んだおとうさんってそんごくうって言うんでしょ。そう無邪気に聞く弟の顔を眺めながら、悟飯は奇妙な思いにとらわれた。あのベジータさんが。それより、どう答えたらいいのか。
 「ブルマおばちゃんが、お母さんに言ってるのも前に聞いたよ。そっくりねえって。そんなに似てるのかなあ?」自分の顔に手をぺたぺた当てながら、不思議そうに小首をかしげる弟。どうしたものだろうか。

 迷うには理由があった。弟が亡き父親に似ている、それは、わかってても自分の家では母親も自分もなるべく口にしない事実だったからだ。







 「そっくりよね」
  ブルマは部屋に帰ってきてさっきのことを告げたベジータに向かってうなずいた。
 「あたしが最初に孫君に会ったのはあの子が14、じゃなかった、12のときだけどさ。悟天君を見てると一瞬タイムトリップしたような気になるわ。自分まで当時の16のピチピチな女子高生に戻ったような気すらするもの。あー、当時写真を撮ってなかったからなあ、その冒険の頃のことって残ってないのよねえ。でもあたしはそりゃあ可愛かったわよ、ベジータ」
 「ふん」ベジータは、広いリビングの向こうのソファに大きくからだを沈めながら鼻を鳴らした。「そこの地球人の女の血も混じってるとは信じられないくらいあのガキはカカロットにそっくりだ。見てるといらいらしてるくらいにな」
 ごめんなさいね、とブルマは傍らのテーブルでお茶を飲んでいるチチを振り返ってすまなそうに片目をつぶった。この馬鹿王子、口が悪くってさ。でも、あいつはあいつなりに悟天君のことを可愛いと思っているのよ。
 チチは、わかってる、というようにちょっと微笑んで目配せを返す。
 「なにか言ったか」
 「なにもー」
 「まあせいぜい育ててやることだ。あいつはもう残り少ないサイヤ人の血を引く子供なのだからな」

 そんな夫婦のやり取りにちょっと居心地の悪いものを感じながら、チチはあらためて遠くにいるベジータを見る。いまさらサイヤ人の王子面してこの自分に命令めいたものをされてもな、と思う。話に聞けば、サイヤ人たちは、生まれたばかりの赤子でも容赦なくただひとり他星に送り込んで殺戮の駒としてたらしいではないか。むしろ滅びるのは必然、または天罰というものではないのか、とチチは思う。そんなやつらの王子にいまさら子供を大切にしろといわれるのもなんか変なものがあった。
 でも、もし、サイヤ人たちがもっと善良でそのようなことをしてなかったら、夫はそもそもこの地球にいることもなかったのだ。そしてこの友人の家の蔵にドラゴンボールがなく、彼女が少女だてらに一人ドラゴンボールを探す旅に出てくれていなければ、夫は山を出ることもなく、自分と出会うこともなかっただろう。そして「今」はなにもなかった。
 不思議な因果の糸車に絡め取られたような気分になって、チチはごまかすように茶をすすった。




 「それはさ」夕食の後、えいえい、とゲームのコントローラーを不器用に操りながら、ひとつ年上のトランクスは兄貴面をして悟天に言った。「みんな言ってるぜ。たまに来るクリリンさんたちやヤムチャさん、ウーロンさんやプーアルさんや亀仙人のじいさんだって、悟天は悟空って人にそっくりだってよく言ってる。イキウツシってやつだって。悟天はそんだけおとうさんにそっくりなんだよ。パパは悟天のおとうさんのことをなんでかカカロットって呼んでるし、結局はおとうさんに似てるってことさ」
 「そお?トランクスくんもそう思うの?」ボタンを連打しながら、悟天はゲーム画面から目を離さないまま聞いた。自分と兄の部屋より何倍もでかくて、楽しげなおもちゃがたくさんあるこのトランクスの部屋が、悟天はうらやましくてしかたない。一度トランクスに、西の都に引っ越してきたらもっと頻繁に一緒に遊べるからそうしろ、と提案されて、悟天は必死で家族を説得しようとしたこともある。結局そのときはうまくいかなかったのだが。
 「オレが知るかよ」トランクスも画面から目を離さないまま答える。「オレだって悟天のおとうさんなんて会ったことねーもん。あ、会ったことはあるのかな。でもほんの赤ん坊の頃だったから覚えてねえよ、そんなの」
 「だよねえ」
 「オレ思うんだけどさ、悟天はおとうさんの生まれ変わり、ってやつじゃねーの?こないだテレビで見たぜ。死んだら、人間ってまた生まれ変わるみたいなこと言ってた。そんでそういう時って、前に生きてたときによく似てたり、前に生きてたときの思い出とかがあるんだってさ。ママは馬鹿馬鹿しい、って笑ってたけど、ほんとにそういうこともあるのかもな」
 それもありかもしれない、と悟天は思いかけた。それは子供のロマン心を刺激するような内容だからだ。
 「でもね、前ににいちゃんに、おとうさんはどこにいるの、って聞いたら、アノヨってところで、いつか僕たちに会えるのを待ってるよ、って言ってたよ。よくわかんないけど」
 「じゃあ生まれ変わりじゃねえのかなあ」
 「かなあ」
 悟天はなんとなく変な気分になって、またボタンを連打した。と、ボタンが急にきかなくなり、コントローラーにひびが入り、ぱし、といった後にいきなり手の中で砕けた。
 「あーあ、また壊した」トランクスはあきれた顔で自分のコントローラーを放り投げた。たちまち画面の中でカートがコースアウトし、コミカルな音楽とともにゲームオーバーが告げられた。
 「わあ、トランクスくん、ごめんね。どうしよう、またおかあさんに怒られちゃう」
 「いいっていいって、こんなのママにたのんだらもっと丈夫なやつを作って替えてくれるから。こないだ壊して丈夫にしたはずなのに、悟天、またチカラがつよくなったんだな。でもちょっとは加減しろよー」
 「それならよかった。トランクスくんのママはすごいね」
 「だろう?」トランクスは大好きな母親のことをほめられて満面の笑みを浮かべた。「ママは世界一すごいんだぜ。パパだって王子なんだ。すごいんだぜ」
 「ボクんちだってすごいやい、おかあさんは世界一料理が上手なんだから。にいちゃんだって頭いいしつよいんだぞ」起き上がって悟天は身構えた。
 「お、対決ごっこ、いくかぁ?」
 「いくよー!」悟天は飛びかかった。

 そこに、パジャマを抱えた母親たちが入ってきた。
 「あんたたち、そろそろ寝なさいよー!また暴れてるのね!あーあ、また超サイヤ人なんかになって!」
 「こらぁ、悟天!そのカッコは不良みてえだから、やめろって言ったでねえか!」
 取っ組み合う二人の首根っこをそれぞれの母親がつかみ上げた。いくら強い超サイヤ人だからといって、こんなことで臆していては母親など務まらない。それにこの子供たちは母親に向かって危害を加えるということがなかったから、平気なものだ。
 「だって、ママのほうがすげえんだから!」
 「うちのおかあさんのほうがすごいんだってば!」
 興奮した赤い頬でつばを飛ばして言い合う子供たちを見て、母親同士は顔を見合わせて、ころころと笑った。落ち着いたところで、一緒にお風呂に入っていらっしゃい、とパジャマを持たせて、部屋から送り出した。大きなトランクスのベッドの上に、悟天用の枕を出してやりながら、ブルマは笑った。

 「またベジータが出かけてくれてて良かったわ。あんなに苦労してなった超サイヤ人に、あんなチビスケが普通になれるなんて知ったらそれこそ怒り出すもの。まあそのうちばれるでしょうけど、せいぜいそのとき目の前にして驚くがいいわ」
 「ブルマさんも意地悪だなあ」
 「悟天君もなれるのねえ、びっくりしちゃった。いつの間に?」
 「こないだかな。ちょっと武術を教えてあげてたら、急になったんだべ。おらもびっくりしちまっただよ」
 へえ、とブルマは後ろに立っている友人を横目で見ながら心の中で驚いた。この人も丸くなった、というか、変わったのだな、と。
 「でもさ、もう平和なんだから、超サイヤ人なんてなれても仕方ないのにね」
 「だなあ。せっかく悟空さが悪者がもう寄ってこないようにって気遣ったらしいのにな。おらもあんまり悟天が悟空さに似てるからつい武術とか教えてみたけど、やっぱ今のうち子供らしくああやって遊んでればいいだ。そんで勉強してまともに働くようになってくれればな」
 そうね、と微笑んで、ブルマはこの5年近くの歳月を思う。普通に、この友人も死んだ人のことを話せるようになった。そして、これからも自分たちはあの子達とともに、今までがむしゃらに戦ってたのとは多分まったく違う未来に向かって進んでいくんだろう。忘れはしないけど、世界があの人を必要としないおだやかな未来に。
 


 「子供たちが寝たら、飲みましょ。いいお酒もらったのよ」
 「それより、ちょっと出かけないだか?おら久しぶりにカラオケ行きたいだ」
 「じゃあ、おしゃれしていきましょうよ。服貸してあげるわ。ちょっとメイクもして、髪形も変えましょ。きっとモテるわよぉ、チチさん」
 「ええだよ、モテなくって!言い寄られるのはブルマさんにお任せだべ!」
 そう笑いあいながら、母親2人は部屋に戻っていった。







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