このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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 どこかでトンビの高い声が、抜けるような青空に吸い込まれていく。少し冷たさを帯びてすぐ脇の小川から流れてくる風が頬に心地よい。
 季節は秋に入り、今日は絶好の収穫日和。チチは自宅裏に作った菜園で、ひとり黙々と朝からさまざまな野菜の面倒を見ていた。米は作っていないものの、春蒔きの様々な野菜が青々となり、熟するときを待っている。切迫はしていないものの、馬鹿にならない食費のおかげで、少しでも家計を切り詰めるために新婚早々にはじめた、彼女自慢の菜園である。
 早いものはすでに食べられるようになった。そのいくつかをかごに放り込みながら、チチは晩のメニューをあれこれ頭に思い浮かべていた。

 「あら、こんにちは、チチさん」
 かけられた声に、チチはサツマイモを掘り返そうとしていた手を止め、かがめていた腰を上げて振り返った。道の向こうの畑で、おとなりさんの老婆がニコニコと手を振っている。
 「あ、おばあちゃん、こんにちわー」チチは元気よく挨拶を返し、軍手を脱ぎながら自宅の菜園を抜け彼女の家の畑に向かった。「いい天気だべな、もうおじいちゃんの腰のほうは大丈夫なのけ?」
 「おかげさまでね。今日はまだ無理をしないで家にいるけどね」
 「ぎっくり腰はこじらすと厄介だからな。また今度おらお見舞いに行くだよ。稲刈りも手伝うだ」
 「あらあら、あの人も喜ぶわ。チチさんのファンだからねえ」
 「やんだー、おばあちゃんったら!」チチは大きな麦藁帽子の下ではにかんだ。

 お隣さんの老夫婦は、チチにとって数少ない「普通の」友人だった。お隣さんといっても、1kmは軽く離れた家である。悟空とチチが、悟空の故郷である山のふもとにある小さな山村のはずれに住まいするようになって3年半あまり。最初は少し人見知りを互いにしていたものの、じきに挨拶を交わすようになり、しばらくすれば立ち話をするようになり、たまには家にも訪れるようになった。チチが菜園を作るときにいろいろ教えてくれたのもこの老夫婦だった。
 実家が遠く離れているため、そうそう頻繁に実家に帰ることもできない、ましてや母のいないチチにとって、この老婆はほとんど唯一の頼れる同性だった。2年前息子を産んだ後も、様々な相談に乗ってもらったものだ。それは今でも続いている。
 「今日は悟飯ちゃんは?」老婆が気づいたように聞いた。
 「旦那に見てもらってますだ。今日は家にいるそうだから」
 「それは助かるねえ。悟空さんも子煩悩ねえ、いいお父さんだ」
 「えへへ、やだなあ、そんなにいい旦那でもないだよ。はやく働いてもらったほうがよっぽどありがたいだ」思いがけず亭主をほめられてチチは照れながら老婆の背中を叩いた。老婆がせきをした。もう武術をやってないとはいえ、チチはやはりその辺の21歳の娘よりは全然力が強いのだから。あわててチチは老婆の背中をさすった。歳の離れた友人同士は顔を見合わせて笑い、それぞれの畑に戻っていった。




 汗をぬぐいながらチチが帰ってきて、外の蛇口で手を洗ってから家の中に入ると、リビングの陽だまりでは2歳半になる息子の悟飯と、その父親でありチチの夫である悟空がじゅうたんの上でうつぶせになって平和に寝こけていた。
 じゅうたんの上には、お絵かきをしていたらしく、クレヨンと画用紙が散乱している。クレヨンのかすがところどころじゅうたんの毛足に入り込み汚れになりかけていた。
 (んもう、お遊戯マットを引いた上でやれって言ったのに)
 胸の中で一人文句を言ったものの、その口元は笑っている。よく似た髪質、よく似た面差しの大小が寄り添うように丸くなって眠っているのが素直にかわいらしかった。日差しがその頬をまぶしく照らしている。チチは天窓とリビングの窓のシェードをそっと音をなるべく立てないように降ろし、収穫してきた野菜のいくつかを貯蔵庫にしまいに行った。タオルケットを片手に戻ってきて、そっと彼らの上にかぶせると、気配に気づいた悟空がぼんやりと目を開けた。

 「おう、戻ってたんか、おかえり」まだ寝ている悟飯をはばかって、小声でチチに声をかけてきた。でもまだ眠そうにうとうとしかけている。
 「おはよ」チチはその傍に覗き込むようにしゃがみこみながら答えた。「よく寝てただな。まだ眠いだか?」
 「あー、ここんところ修行がきつかったからなぁ…」なにかまた特別なことでも思いついて熱中してたのだろう。半袖のTシャツから出た腕に、ゆうべチチが貼ってやった湿布や絆創膏がある。
 「寝てたきゃもう少し寝てればいいだ」
 「んにゃ、もう起きる」言いながら悟空は、そばにあった彼女の手首に頬をこすりつけた。
 「こら」ちょっと顔を赤くしながらたしなめたチチの手に、画用紙が一枚触れた。彼女はそれを手にとって見た。「あれ?これ悟飯ちゃんが描いたんだか?なんかそれにしては」
 「あ、それオラが描いたやつだ」
 幼児よりは多少達者な、でも子供っぽい線で鳥や動物がいくつかいきいきと描かれている。チチはちょっと驚いた。この人も絵を描いたりするのか。芸術的なものを全く解さないような人なのに。そのようなことを言うと、ごろりと体勢を変えて起き上がりながら夫は唇を尖らせた。
 「ひでえなあ。オラだって一応絵くらい描けるんだぜ。むかーし、オラが悟飯くらいかもうちょっと大きかったころさ。じいちゃんが獲物取りに行ってたりしたとき、外に出たら危ないって言われてたから家の中で待っててさ、暇だから割と描いてたんだ。一回家の壁に筆で描いちまったときはじいちゃんにめちゃくちゃ怒られたけどな」
 「へええ、悟空さも普通の子供の遊びしてたんだな」
 「5つくらいから武術習い始めたからそれからは遊びっていや修行みたいなもんだったけどな。あとじいちゃんと石投げて遊んだり、毬みたいなの投げあったり、竹馬や縄跳びして遊んだり、絵本みたいなの読んだり。子供できるとそういうの思い出したりしておもしれえな」
 この人にも修行バカじゃない、普通の子供時代があったんだ、とチチはあくびを混ぜて話す横顔を見ながら妙な気分になった。結婚して3年余りになるけれど、ひょっとしたらまだ自分はこの人のことを何も知らないのかもしれない。自分はこれほどこの人が今も折に触れ口に出し、慕っている『じいちゃん』の顔すら知らないのだ。知っているのは、先日この人がどこからか持ち帰ったその祖父の形見と言うドラゴンボールの姿だけ。
 そう思うと、チチの胸になにか苦いようなものが浮かんだ。同時に、その『じいちゃん』に感謝したいように思った。拾ってくれて、ありがとうと。
 今度3人で、ピクニックがてらにでも、かつてのこの人の家に行って、そばにあるというお墓にも行ってみよう。


 「あれ?また描くだか」
 悟空がまたクレヨンを手に取り、傍らの安らかに寝ている息子を真剣に眺めている。
 「うん、寝る前に悟飯がおとうさんのかお、って描いてくれたから、オラも悟飯の顔描いてやろうと思ってさ」
 チチはそっとその首筋に頬を寄せて肩を包んだ。夫は、そんなことしたら気になって描けなくなるじゃねえか、と笑った。
 「じゃ、おらお昼作り始めるだ。できたら呼ぶからな」
 「うん、早くな」
 支度をしながら横目で見ると、夫は真剣極まりない、でも愛情に満ちた目で、傍らの息子を見つめて、時折筆を走らせている。
 「この目の辺りがさ、ちょっとチチに似てるよな」「あー、うまく描けねえな」などといいながら。

 クレヨンでじゅうたんが汚れても、とりあえずお小言は後にしてあげよう、と彼女は微笑んだ。
 これが家族の幸せなのだから。 







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