このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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 「だめぇ、おかあさんはボクとケッコンするんだから!」
 一同は一瞬きょとんとしたあと、爆笑した。ケッコンを宣言された側が笑いながら、赤くなってその子供を軽くはたいた。
 その子供が、小首を傾げたあと、顔を赤くして言い募る。
 「なんで笑うのっ。おかあさんだってうれしいよね!?ボクおとうさんに似てるんでしょう!?」

 「ヤムチャさん、あんまり悟天をからかっちゃだめですよぉ」笑いのあまり息が苦しくなっている下から、同門の修行仲間がたしなめてくる。
 「いやあ、ついなあ。悟空の顔をしてるから、ついなんだかからかいたくなって」
 「しかしまだ小さいのになかなかのおませさんじゃのう、悟天は。悟空とは大違いじゃわい」
 「ホントよねえ。孫君なんて、じゃケッコンすっか、だもんねえ。お嫁も知らなかったのよ、18にもなって」
 「あの時はホント仰天したぜぇ、なあプーアル」
 「だよねえ、ウーロン。ああ、でも、ホントになつかしいよね」
 「悟飯もそんなマジにとるなよ」
 「そんなのわかってますよ、18号さん」
 子供の兄が唇を尖らせる。
 ヤムチャは、笑いながらその背中を叩いた。「そうそう、チチさんが意外ときれいで悟天がべったりしてるから、ついからかいたくなっただけさ。そんな、オレがチチさんにほんとにプロポーズなんてしたらあの世で悟空が怒るだろうがよ。それにオレだって今彼女いるんだぞ」
 「意外ときれいってどういう意味だべっ」
 一同はまた爆笑した。




 今日は楽しい夏のバカンス。カメハウスを一時、昔修行に使用していた島の浜に引越しをさせ、カプセルハウスを一個追加し、今日明日でみなで泊りがけでのんびり遊ぶ、という計画だ。浜は明るい笑いに包まれている。
 孫家。西の都組。カメハウス組。三家族+α。ベジータとピッコロは来なかった。「というか逃げたのよね」とブルマは笑う。トランクスは父親と海に来たかったようで、着いた当初は若干すねていたが、すぐに悟天とはしゃぎまわっていた。
 持ち寄った弁当を広げての昼食時。空は見事なまでに青く、まぶしい夏の日差しが入道雲を白く映えさせながら、大きな2本のパラソルの下に黒黒とした影を抜き出している。その外の砂の照り返しは目に痛いほどだ。


 「おいしいねえ、このサンドイッチ。さすがおかあさん」
 「悟天のママの弁当、おいしいよ。ママも食べてみなよ」
 「うん、ホントおいしいわ。うちのも食べてみてよ、ロボに作らせたけどあたしもちょっとこの辺は作ったのよ」
 「ああ、マーロン、そんなあわてて食べるんじゃないよ」
 「そうだべ、たくさん作ってきてるからな?女の子はゆっくりおしとやかに食べねばな」
 
 小さい子供をかまうそれぞれの母親は、あでやかによく似合った水着にそれぞれ身を包み、優しげな微笑を浮かべている。2名が多少歳を食っているとはいえ、いずれ劣らぬ美女、といっていい。3人の個性はまったく違うけれど、それがかえって引き立てあうように美しかった。
 「いい眺めだよなー」そんな3人を見ながら、ウーロンがやにさがる。亀仙人もサングラスの奥ででれでれとしたまなざしを向けている。「いやあ、長生きはするもんじゃわい」
 「やめてくださいよぉ、武天老師様。ウーロンも。まあ、あの中で言ったらうちの嫁さんが一番ですけどねっ」
 「そうだよ、ウーロン。もっと紳士らしくしなきゃ」
 「うるせーぞ、プーアル。目の保養だよ、バカンスだよ。ところで、悟飯。お前はどんな女の子がタイプなんだ。やっぱり母親みたいなタイプか」
 「な、なんですか、急に。ウーロンさん」
 「それは聞きたいなあ。お前ももうそろそろ年頃なんだ、ちょっといいなー、とか思う子とか、タイプとかないのか」
 「ヤムチャ様、またからかってぇ」
 男性組からまた笑いが起きて、子供たちと母親たちはきょとんとしたあとなんだか楽しくなって笑った。
 そんな幸せな夏の日。
 
 「ようし、じゃあ写真でも撮ろうか。みんな固まれ固まれ」
 ヤムチャはカメラを取り出す。男性組があわてて母子組の後ろに駆け寄る。「あ、老師様は真ん中にどうぞ」クリリンが師匠を前に押し出した。老人はでれでれと女たちの間に納まり、両手でVサインを作った。
 「いきますよー」
 シャッターが落とされ、3家族の幸せがフィルムに焼きついた。もう一枚。
 家族の幸せ。
 そこには、自分はいない。

 ヤムチャはカメラを構えながら、ぽかりと自分が黒い影の中に置き去りにされた気分になった。



 



 「あー、やっぱり女の子は可愛いだなあ。おらも女の子が欲しかっただよ」
 カメハウスのキッチンで18号と肩を並べて弁当箱を洗いながら、チチが笑っている。
 「あ、もうあの子達は寝たかい」18号が網戸の張られた玄関の向こうに声をかけた。
 「ええ、悟飯君たちが見てくれてるわ。やっとちょっとのんびりできるわね」ぱこん、と音を立ててブルマが網戸を開けて入ってきた。ビーチサンダルを脱いで脚の砂を払っている。黒いワンピースの水着から白い生脚が惜しげもなくさらされている。そこそこいい歳、実際もう四捨五入すれば40なのだが、それを感じさせない。ヤムチャはそのプロポーションの変わらなさに、ひそかに感嘆した。彼女は美貌を保つためなら若い頃から努力を惜しまなかった。それが今になって実っている、ということか。
 子供たちは隣のブルマ持参のカプセルハウスでお昼寝タイムだ。ウーロンとプーアルもそれに付き合っている。ウーロンは相変わらず皮肉屋ではあるが、歳を重ねて面倒見がよくなった。プーアルはその可愛らしさで子供たち、特にクリリンの娘のマーロンに人気なのだ。

 
 「どうぞ」と18号から麦茶のグラスを受け取ったクリリンが、ヤムチャの前の卓にことりと置いた。冷たく冷えたグラスの表面からじわり、ともう水滴がにじみ出ている。サンキュ、と手を上げて、ヤムチャはそれをすすり、ほうっとため息をついて窓の外の空を見た。青い青い空。昔、この島で修行していた頃、この家で昼飯を食べて息をつき、見上げていたのと同じ空だ。
 あの頃まだ自分は20歳前だった。今はもう40。中年、といわれても否定できない歳になった。
 クリリンが卓の向かいに座ってちょっと見つめてきたあと、笑った。
 「懐かしいですよね、こうしてると」
 「ああ」

 バスルームからは、行水をしている師匠が渋いのどで歌う歌がかすかに聞こえる。


 「なーによ、しんみりしちゃってさ」ブルマがバスタオルを敷いた上に座って、ヤムチャの麦茶の残りをのどに流し込んだ。「おっさん二人がそうしてると辛気臭いからやめてよね」
 「おっさん言うなよ」
 「あんたはもう40じゃない。クリリン君はまだだけど」
 「お前だってなあ」
 「失礼ねえ、レディに向かって」ブルマが鼻にしわを寄せた。昔見慣れたしぐさ。でも、顔つきは本当に変わった、とヤムチャは思う。自分と別れた頃にはなかった、優しい風のような雰囲気がある。いい歳のとり方をしている、と思う。それは、あいつのおかげなのだろうか。

 と、チチがブルマの横に横ずわりをして頬杖をついた。「悟空さも、この家で、この島で、修行したんだべなあ」
 「…ええ」クリリンが一呼吸の後に、目を細めてうなずく。
 「毎日、きっとこんないい天気で楽しかったんだろうなあ」チチも目を細めた。
 今日の彼女は白い長めのパーカーの下に、紺色のフリルのついたワンピースの水着で、どこかまだ幼さの影を残す彼女によく似合っている。紺色が、あの武道会の時に来ていた服を思い出させる。麦藁帽子の邪魔になるので髪はいつもの頭のてっぺんではなく下のほうでおおきく2つに三つ編みにしたのをまとめていて、さっきからかった時言ったように綺麗だった。
 まあ、さっきのは半分本気かもしれないな、とヤムチャは心の中で苦笑する。ちょっと惜しいことをしたと思わなくもない。

 あの時嘘とはいえ娘時代のこの子に愛してる、と言ったのは自分のほうが先だったのだ。もしこの子がそれを本気にしていたら、あの時武道会に自分を追いかけてきてくれたのかもしれない。その頃はまだブルマとつきあってたからそうなれば困ったことになったかもしれないけれど。
 なんにせよ、悟空は果報者だ、と思う。自分があこがれていた、ドラゴンボールを使おうとしてまであこがれていた結婚生活をしていたのだから。料理が上手で家庭的で、家のことをよく守ってくれる美人の妻。ちょっと気は強すぎるかもしれないが、理想的ではないか。何も知らなかったくせに、運だけで掴み取ったようなものだ。本当に過ぎた果報と言うしかない。
 なのにその幸せを放り出すような真似をして逝ってしまったのを憎らしく思う。ぜいたくものだろう。生き返らせようと思えば、なにか手はあったはずだ。なのになぜ。

 でも、多分、あいつの考えていることなど、誰にもわからないのだ。あいつは初めて会ったときからつむじ風のようだった。いつしか落ち着きを得てそれは見えにくくなったものの、常に周囲を巻き込んでくるくると。それがあいつの最大の魅力、だったんだろうけど。でもそれに振り回されて、妻だったこの子が疲れていたのもおぼろげながら知っている。
 この子は、幸せだったんだろうか?もっと、平凡な結婚を望んでいたのではないか?この、自分があこがれて望んでいたような。
 なあ、悟空。お前は、この子を幸せにしてたと思えるか?





 ヤムチャがじっとそんなことを考えていると、視線を感じた。ブルマが、にらむような顔つきで見つめてきていたのだ。
 「…なんだよ」
 「…なにもー」ブルマが唇を少しだけへの字にして目をそらした。これは何も思ってない顔じゃないな、と思う。伊達に長く付き合ってきたわけじゃない。
 ヤムチャは軽くため息をついて、また青い空を見た。あの時、悟空を見送ったときと同じような青い青い空だった。違うのは、じんわりと汗を誘う夏のわきあがるような浜風。二階でウィンドチャイムがかすかに鳴っている。
 チチはいつしか頬杖のままうとうととしている。ブルマも、真似をするように頬杖をついてうっとりと目を閉じた。
 クリリンは、妻と一緒に何か袋の中を見て相談している。晩に子供たちにさせる花火らしい。18号の白いシンプルなパレオつきのビキニの水着が、抜けるような肌と軽くまとめた金髪を際立たせ、部屋の隅の陰で薄く光るようだ。クリリンの幸せそうな笑顔。18号も薄く微笑んでいる。

 ヤムチャはひとり、また麦茶を注ぎ足すために勝手知ったるキッチンへと立ち上がった。







 
 午後はみんなで海で泳ぎ、夕食はバーベキューだった。子供たちはよく食べた。大人たちもよく食べて、飲んだ。
 甘い潮風が茜色とピンクに彩られた夕焼けの空を満たし、酒も肉も実にうまい。ヤムチャの膝の上にはいつの間にか悟天がいた。昼間トランクスと一緒に散々遊んでやったせいだ。なんだかんだいって、悟空の面影をしたこの子供をかまうのは無条件に楽しかった。それにヤムチャは子供がもともと嫌いではない。
 「ごてんちゃん」マーロンがとてとてと駆け寄ってきて、18号の取り分けているデザートのプリンを差し出した。わあ、ありがとう、と顔を輝かせて悟天が膝から降りた。この子供はなかなか女の扱いがうまい、と昼から観察していて思う。端的に言うと甘え上手なのだ。誰に似たのやら。大きくなったら案外女好きになるんじゃないか、父親と違って。
 忍び笑いをもらしたヤムチャの前のグラスに、ビールが注ぎ足された。

 「ああ、サンキュー、悟飯」
 青いパーカーを来た悟飯が隣に座って微笑みかけてきた。「今日は、」といって、えへんとのどの奥でせきをする。変声期の最中らしく、たまに声がうまく出ないようだった。「今日は、いっぱい遊んでいただいて、ありがとうございます。悟天も喜んでました」
 「いやいや」
 「あいつは父親を知りませんし、まわりに年寄りばかりですから、ヤムチャさんみたいな大人の男性が珍しい、と言うかあこがれてるんでしょうね」
 「ああ、そうか」試しに飲むか、とこっそりグラスを掲げて見せたが、悟飯は首を振った。まあまだ子供だしな、と素直に引っ込めて、自分で口にした。
 「父親みたいに思ってるのかもしれません」
 そう言って悟飯がじっと見つめてきた。
 この1年会わないうちにずいぶんと背が伸びた。まだからだには細っこい少年さがあるが、悟空の若い頃にはっきりと似てきている。顔をよく見ると母親の面影もちゃんとあるのだけれど、やはり悟飯を見ると思い出されるのは悟空のことだった。ヤムチャ自身は悟飯が戦いに出てある程度たくましくなってからしかその姿を知らない。だから、甘ったれてた小さな時代を知らず、印象としてはやはり小さな悟空、という感じなのだった。
 ヤムチャは目をそらした。「昼間のことか。気にすんなよ。冗談だよ、わかってるだろ」
 「そうですね。でも、もし」
 「オレには、お前の父親は無理だよ。さまになりゃしねえ」自嘲気味に笑う。「父親より桁違いで強い息子なんて、オレはごめんだから」
 「…そうですか」
 「それに、そういう意味でもなく、お前たちの父親は、チチさんの亭主は、悟空でしかありえないんだから」
 悟飯がまたちょっと見つめてきたあと、かすかに微笑んで力強くうなずいた。



 そう、それでいい。いくらもし自分がその気になったって、この目の中に、その弟の顔に悟空の面影がある限り、悟空の与えた幸せが宿っている限り、けして自分のあこがれていた安寧な心の平安は得られないだろうから。それが、ヤムチャの今日の午後を費やした結論だった。



 「わかってんじゃん、ヤムチャ」不意にブルマがピクニックベンチの反対側の隣に座った。「悟飯君、気にすることないのよ。こんなチャらけた中年男の冗談なんて真に受けてたらダメよ。そんなんいちいち気にしてたらうちの馬鹿王子みたいに頭が後退しちゃうわ。さあさあ、花火が始まるから」
 「はい、ごめんなさい、へんな事言って。ありがとうございます」悟飯が頭を下げてクリリンの仕切る花火大会のほうに歩いていった。
 マーロンと、トランクスと、悟天がゆったりとしたパジャマを着せられてわくわくとクリリンから渡される花火の先を持ち、ぴょんぴょんとはしゃぎまわっている。チチがそれをニコニコといさめて、18号が薄く笑いながら見守っている。ウーロンとプーアルが浜に打ち上げ花火をセットし、師匠はその様子をタバコをふかしながらのんびりとカメハウスの階段で眺めている。

 「あんたはさ。ホント、臆病よ」
 ブルマが付き始めた花火の明かりに頬を照らしながらぽつりと言った。ヤムチャは横目でそれを見ながらまたグラスをあおった。

 「ぶつかる前に、冗談だって言って、身をかわしちゃうのよね。いつもいつも」
 さっきがた引きなおしたのだろう赤い口紅が、そっと歪んだような形を作った。「もっとも、あたしもそんなとこあった。あたしもあの頃結婚が怖かった。だからあんたの冗談だ、って逃げに乗ったのよ」
 そうだな、とヤムチャはうなずいた。そして、自分は、嘘で身を守りながらこの女の元を離れていったのだ。
 「でも、あたしはそのあと、ぶつかって砕けてもいい、と思う相手を見つけたわ。チチさんだって、孫君に対してそうだったのよね。で、孫君はちゃんとそれを受け止めてあげたんだわ、きっと。よくわかんない、とか子供の頃のように逃げもせずよ。すごいことよ、あの孫君がね…強かったのよね、あの子も、チチさんも」
 そこまで言うと、ブルマは席を立った。発せられなかった自分への問いかけ、あるいは非難をヤムチャは感じた。大きく暮れてきた空を振りかぶる。息を思い切り吸ってもその声は心の中から、はっきりと聞こえてくる。



 あなたは、うけとめないで、にげてばかりいるから。





 目の前に、薄く涙の膜が張った。大きく息を吐きながらからだを戻すと、向こうから差し招く動きがあった。ヤムチャは首をひとつ振ると、カメハウスの階段へと大またに歩いた。
 「やるか」
 座り込むと、師匠が、秘蔵の甕酒の徳利を傍らから取り出した。うなずくと、キセルをふかしている反対の左手で、階段に置かれたぐい飲みに不器用に酒を注いでくれた。
 「ありがとうございます」
 ちびちびと飲む。さっきから、少し過ごしたかもしれない。自分には、少し泣き上戸なところがある、とヤムチャは自分で自覚している。ほどほどにしておかなければ。まだこのあと大人だけで飲むのだから。
 「…長生きはするもんじゃのう、まったく」師匠が独り言のようにつぶやいて笑った。それは、昼間言った同じ台詞とはまったく違う調子だった。
 「…老師様は、結婚はなさらなかったんですか、ずっと」ヤムチャも、独り言のように小さな声で聞いた。
 「ないな。たぶん、おぬしと同じ理由じゃよ」
 「そうですか」
 「でも、その分、弟子を取ったからな。そこからこうして、縁がつながって、たまに楽しい場をもてる。それで、よかあないかな。孫悟飯を弟子にとるまでは、それすらも面倒くさくいろいろ言い訳をして逃げておったのじゃが、そこから悟空につながり、ここのみなにつながり、次の子供たちへつながるのじゃから、今となってみればまったく良かったと思うわい」
 「…そうですね」
 「弟子を取るといろいろ気苦労も増えるがなあ、変装をしてまで武道会に出て慢心をいさめようとしたり」
 「ああ、あれはやはり老師様だったんですか」初めて本人の口から聞いたが、ごく自然に受け入れられた。ヤムチャはこの師匠を尊敬している。師匠はそういうことをするっと平気な顔でしてしまう人なのだ。と、「あ、これは内緒なんじゃった」かか、と笑っている。そういうところが、また魅力だった。
 「オレも、老師さまみたいになりたいです。長生きをして、こういう家で飄々と一人生きていけたら、気軽で素敵しょうね」ヤムチャは笑いかけた。しかし、師匠はうんにゃ、と首を振った。
 「長生きしすぎても、つらいだけじゃよ。こうして楽しい場を持っても、いつかはわしよりみな先に死んでいく。わしは何事もなければあと100年は生きるじゃろうから。孫悟飯も死んでしまった。悟空も死んだ。悟空のときは、身に染みてこたえたわい。それこそ、この無力な老いぼれがなぜ生き残るのか、替われるものなら、と思うほどにな」キセルの煙が長く吐き出された。
 ヤムチャはそれには答えなかった。でも、自分も思う。なぜ無力な自分が生き残り、あいつが死ななければならなかったのか、と。それは言っても、賛意しても今更哀しくなるだけだから口に出しはしないのだけれど。

 花火は終盤を迎え、ウーロンが浜の打ち上げ花火に点火をした。子供たちがきゃーっと嬉しそうに逃げ回って、それぞれの母親の膝にすがりつく。ぱあん、ぱあん、と、炎の筋を引いて光の華がはじけた。
 「まあ、しかし、おぬしは焦ることもないわい。まだ40じゃろ、若い若い。まだまだ、やれることがあるじゃろう。わしが初めて弟子を持ったのはその何倍も無駄に歳を重ねてからじゃったからな。のんびり過ぎるのも困るが、焦って道を見失っては本末転倒。武術と一緒じゃよ。わしらに出来るのは、悟空が救ってくれた世界で、のんびり楽しく明るく生きていくことではないかな、ああん?」
 炎にサングラスを赤く照らし、師匠がにかっと笑って、いたずらげにキセルの煙をぷわっと目の前に吐き出してきた。ヤムチャはむせた。むせながら笑った。
 「ラストの線香花火くらいは、参加してやるかの。おぬしも来い」
 「はい」




 近寄ると、クリリンが線香花火を手渡してくれて、どこか気遣うような独特の、見慣れた笑い顔をした。ヤムチャは師匠のようににかっと歯を見せて笑い、クリリンの背中をバン、と叩いた。
 2人は笑った。師匠も笑った。他のみんながきょとんとして、またつられて笑った。
 このあとは子供が寝てから、ゆっくり大人だけで楽しく飲もう。幸せなあこがれの結婚生活をつかみやがったサイヤ人たちの話を、たっぷり暴露していただこうじゃないか。ヤムチャはくつくつと笑いながらしゃがみこみ、線香花火に火をつけた。

 花火が炎を撒き散らし始める前に振り仰ぐと、修行のときによく寝転んでクリリンと見たような、満天の南の星々がぴかぴかと競い合うように光っていた。この場にいる仲間たちの、その子供たちの輝きのように。
 明日も、精一杯楽しもう。そして、自分のすまう日常に帰ってからも。
 からだに不意に感じた温かさに首を戻すと、悟天がその膝に取り付いて、にっこりと笑いかけてきている。プーアルと一緒に。
 ヤムチャは白い歯を見せて笑った。そして、その懐かしいさぼさ頭と、長年ともに暮らしてきた猫耳を、順番に思い切りぐしゃぐしゃとなでてやった。






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