このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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 村の小途にマンサクの黄色の花が咲き、梅が、桃が、木蓮の花が咲いた。
 小川の土手に、福寿草が咲き、土筆が顔をのぞかせ、オオイヌノフグリが小さな青い花を茂らせ、蓬が若い芽をやわらかく伸ばした。

 村に春が来た。
 母親がこのあいだ春蒔き用の種をそろえた。さっき、父親が裏の畑の土をほっくり返した。ついでに、お隣の畑も手伝った。
 村に、温かい土の香りが満ちている。うららかな日曜日、修行は休みの曜日。

 
 
 
 家の前を流れる小川の少し上流、村から少し山に入ったあたりは小さな池のようになっている。暖かな昼前の日差しに誘われて、悟飯はそこで釣り糸を垂れながら本を読んでいた。
 三角すわりをしている脇ではタンポポがロゼッタ状の葉から低い場所に黄色い花を遠慮がちにつけている。どこか山のほうで鶯が鳴いた。
 悟飯は目をうっとりと閉じて、風が頬を撫でゆく感触を楽しんだ。
 グレーの7分袖のTシャツの袖からは、白い包帯が覗いている。修行も本格的に熱を帯び、毎日あちこちに怪我をする。たいした怪我ではないものの。

 いい天気。
 ずっと、こうしていられればいいのに。
 この怪我も、痛みも、ゆっくりとこうして勉強できないことも、すべてはいずれ来る戦いのため、それは判ってる。
 でも、本当にあるのかな。だって、お父さんはまだ全然元気。心臓病になんか全然ならない。このまま何も無くて、戦いも無ければいいのにな。
 
 こんなことを言えばまた師匠に怒られるだろうことを想像して、悟飯はそっと笑う。今日はあの人はどうしてるんだろう。ひとり、どこかで修行しているんだろうか。
 自分があの人に鍛えられたときはお休みの日なんか無かった。こんな、週一回でも休みがある修行なんて、あの人からしたら邪道なのだろうけど。
 でも、あの人は、うちの家族を気遣って合わせてくれている。お父さんとお母さんのために。特にお母さんが、さびしい思いをしないように。とても優しい人。
 
 と、下流のほうから声がかかった。


 「おおい、悟飯」
 のびやかな、暖かな、春の田舎の風のような声。手を振りながらこっちにのんびりと歩いてくる。
 「お父さん」悟飯は微笑んで、片手に抱えていた本を閉じて傍らにおき、その手を大きく振り返した。今日の読書はさかなについてである。魚がどう群れてどう集団として行動するか、などといった中身だ。なかなか面白かった。
 「どうだ、釣れてるか」にかっと笑いながら、父親が傍らにしゃがみこんだ。バケツの中を覗き込む。フナが一匹だけ。「なんだ、全然だなあ」
 「あまり釣ろうとしてないからだもん」
 「そっか。昼食べたらみんなで買い物に行こうって、母さんが」
 「お母さん、もう寄り合いから帰ってきたの」
 「ああ、さっきな」言って、家のほうを親指で指した。この村はほとんど年寄りばかりなものだから、若いしっかり者である母親はいろいろと可愛がられ頼りにされていた。この村には別に村長とかがいるわけではなく、寄り合いでいろんなことを決めているのだが、たまに呼ばれれば顔を出しに行っているのだった。
 父親は母親が出かけている間に畑を起こした。後ろから自分を包むように座ってきて、さおを取るその手から黒土のにおいがする。昔、子供の頃に修行のときに畑仕事をしていたのだというので父親は割とその作業を好んでいた。水撒きとかになると調子に乗ってやりすぎるので母親はあまりやらさないのだけれど。今は、その作業用に整備士が着ているようなだぼだぼとしたブルーグレーのつなぎに黒い長靴をあわせていて、それがとても似合っていた。
 「あ、すごい、もうかかった」
 悟飯が言い、父親が肩の後ろでにやりと笑ってさおをひょいと動かすと、大きなやや金色の鯉が空中に投げ出された。うまいこと操作して、見事バケツにそのまま放り込む。父親は第一に悟飯の釣りの師匠だった。昔、ほんの小さい頃もこの池でよく釣りをしたものだ。こうして折り重なるように座って。

 こうしていると、なにもかも、嘘だったようだ。
 自分たちが、途方も無い戦いに放り出され、戦い続けてきたことも。
 でも、そんなこと、お父さんに言ったらとても退屈がるんだろうな。悟飯はくすっと笑う。
 
 「そうだな」父親が不意に言った。「なーんか、こうしてると、嘘みたいだよな」
 「あ」悟飯は顔を赤くした。「読んだでしょ、おとうさん」
 「んー?なんのことだ?」父親がとぼけてニヤニヤした。父親は母親が今も半分ふざけて嘆くとおり、人間離れしてきていた。こうして触れ合っているふとした瞬間に心を読んでしまうこともある。母親はそれをいつも恥ずかしがって怒鳴りつける。悟飯も子供ながら、やはり心をのぞかれるのは恥ずかしいものだ。
 他にも時折心で話しかけてきたり、瞬間移動でいきなり現れたりする。一回瞬間移動を教えてくれようとしたことがあるけれど、うまくいかなかった。まだ、父親ほどに気を完璧にコントロールできないからだ。

 「でもさ、まあ、今がシアワセなら同じことだからな」父親が歯を見せて屈託無く笑う。悟飯はその笑顔を見るたびに、やはり何者であれ、宇宙人であれ、1000年にひとりの伝説であれ、父親のことが大好きだと思う。
 この笑顔を見られなかった日々、そして帰ってきてからこの笑顔が曇っていた日々、自分はどれだけさびしかったことだろう、と悟飯は改めて思い知った。でも、だって、自分はまだ6歳なのだから、と悟飯は心の中でいいわけをする。父親の横顔は春の陽を受けて充実に輝いている。
 自分を包み込むあたたかい逞しい身体がここにあることが嬉しい。このあたたかさの中に、悟飯にとってのシアワセがある。心の奥からじわっとしたものが鼻の辺りにのぼってきた。泣き虫はまだ治りきっていないのだ、と思ってちょっとくやしい。でも、また、まだ6歳だもんね、といいわけをする。
 父親がわかってる、と言う手つきで悟飯の髪をなでつけた。


 「人造人間に勝てば、きっとずっとこうやってのんびり暮らせるさ。おめえも好きなことすればいい。学者さんにもきっとなれるさ」
 「お父さんは?」
 「むかしと同じだなあ。毎日修行して、夕方になったらただいま、って帰ってきて、のんびり気楽にやる。まあ戦わないとなまるからたまにピッコロやベジータたちとやりあえたらな」父親が笑って立ち上がり、もう2,3匹追加されたバケツをのぞいた。一匹小さいやつは池に返してやっている。
 「それがお父さんのシアワセなんだね」悟飯も立ち上がって、んー、と伸びをする。
 「そうだな、強いやつとやりあうのもシアワセだけどな、そればっかりじゃ地球がもたねえもんな」
 「でも働くのどうするの、またお母さんがいろいろ言うよ」ちょっとした仕返しのつもりで悟飯はいたずらっぽく父親を見上げてさおを持った。
 「まいったなあ」とバケツを持った父親は苦笑して頭をかいた。
 「ヒーローにでもなっちゃえばいいのに」
 「今朝テレビで見てたようなやつか、悟飯はあれ好きだよなあ」
 「だってかっこいいじゃない」
 「でも母さんは儲からないって文句言うと思うぞ?」
 のんびりと家に向けて歩き、たわいも無い話をする。父親とこうしておしゃべりでやりあえることに、自分の成長を感じて誇らしく思う。







 昼飯には鯉の揚げ物が追加された。
 「うめえ」
 「おいしいねえ」
 ニコニコと箸を伸ばす親子を、母親が微笑んで眺める。母親は普通の人間の食欲だし女だから、大体先に食べ終わる。そして大体の場合こうやって食卓を眺めているのだ。これも食事時の大切な、この家での調味料のひとつ。
 ラジオはお昼の平和なニュースを伝えた後、DJが登場し、リクエストの歌番組になった。曲紹介のあと、軽快な音楽が流れ始める。母親の右手の白い5本の指が、テーブルクロスの上で無意識に軽やかにとんとんと動き始めた。悟飯がちらっと見ると、照れたように笑って立ち上がって若草色の服の上に白いエプロンをつけた。
 「さあ、食べたらお出かけだべ。ちょっと村の人にも頼まれものがあるんだ。早めに食べて支度してけろ」
 「はあい」
 「んー」口にものをかきこみながら父親が答えた。がつがつと頬袋に食べ物を詰め込む父親を、母親がしかりつけた。「またそんな汚い食べ方!ほんとに悟空さはいくら言ってもわかりゃしねえんだから!」
 「ふまんふまん」咀嚼しながら父親が箸を持った手で頭をかく。また母親がそれに文句をつける。そう、この小言が足りなかったのだ、と悟飯はスープをすすりながら安心する。これも、この家のシアワセの大切な要素なのだ。眉を逆立てながらも、母親は本気では怒っていない。本気で怒ったら、この冬のようなことになる。

 自分は子供だから、何も言えなかった。何も、言うべきではなかった。お父さんとお母さんは、自分にとっては親で、この家は2人に守られてずっとあり続けると小さい頃は信じきっていた。でも、それは自分から見えないところで2人が危うくも作り上げてきたバランスの上にあったものなのだろう、と今、まだ子供だけど少し世の中をのぞいた気持ちがする。そして、そのバランスの上で守られている自分が嬉しく思うのだ。
 一度、無邪気を装って、父親にどうやって仲直りできたの、と聞いてみたことがあった。父親は「どうして帰って来れなかったか正直に言っただけだ」と意味ありげに笑っただけだった。それだけかな、と思ったけど、まあ、それも子供の自分が首を突っ込むことじゃないんだろうな、と思う。
 自分には宇宙で何があったか、何で帰ってこなかったのか教えてくれた。そして自分はそれに納得している。でも母親にはさすがに帰るのを拒否されたことがショックだったのだろう。父親の師匠が余計なことを言ったのもずっと胸に突き刺さっていたのだ。あの時は自分だって、最後に見た姿が超サイヤ人だったこともあいまって、もう父親の普段の笑顔はもどってこない、あの姿のままでどこか遠いところに行ってしまうのかもしれない、とどこかで思ってしまったのだから。そのうち帰る、と言われたから待っていられたけれども。
 人がうまくいかないのなんて、きっとちょっとしたボタンの掛け違いのようなものなのだ。でもじっくりとわかってもらえる努力をすれば、どんな海のような深い隔たりも、どんな山のような険しい隔たりも越えていける。父親は、力だけの人じゃない。



 「ごちそうさまあ」箸を置いて手を合わせ、自分の部屋で上にはおるものを選ぶ。小さな財布の中身を確認する。かばんの中に図書館で借りてあった本を数冊入れた。次は何を借りようかな、と楽しい想像をめぐらせる。
 寝台の上を見ると、師匠と同じ衣装がきちんと洗濯され、たたまれて置いてある。その上には、絆創膏と湿布の箱が重ねてあった。明日からまた始まる修行のために。
 母親は、「まあ、悟空さが戦いに出させたいってはっきり言ったのはよく考えたら今回の一回だけだもんな、あとはなりゆきだし」と先日あきらめたように笑っていた。確かにサイヤ人が初めて現れた時も、ナメック星でも、自分たちは戦いが起きて巻き込まれるなんて思ってなかったのだから。父親だって別に自分を戦いに巻き込もうと思って死んだわけじゃない。自分だって、サイヤ人と戦うのは本意じゃなかった。
 母親には、でもどうしても、父親が死ななければこんなことにならなかった、という思いが強すぎてどうにもならなかったのだろう。それまで一生懸命修行をしてたのを知ってた分、逆にいざそうなってみて腹立たしかったのだろう。でも、ほら、結局はこうやって理解して応援してくれる。そんな優しい母親のことだって、悟飯は大好きだ。今の笑顔は、父親がいない間に比べて、本当にきれいで、いい感じだと思う。




 リビングに戻ると、両親が片付けられた食卓の上で額をつき合わせて相談していた。
 「ええと、あとごま油がもうあと残りすくねえだろ。干しえびも。あ、そうそう、肥料も買わねえと、青梗菜新しくはじめるから」母親が指を折って、手元のメモ用紙に書いていく。
 「こないだ洗剤がもうないって言ってたじゃねえか」
 「あ、そうだったべ。悟空さ、えらい」
 「あと、オラのシャンプーもうねえからな」
 「はいはい…あ、あとアレ買わねえとな」
 「ああ。いいじゃねえか、もう」
 「んなわけにいかねえだっ」母親が顔を赤くしてなにか反論している。「どうしたの?」と声をかけると、父親がおもむろに尋ねてきた。
 「悟飯だって弟か妹出来たら嬉しいよなあ?どっちがいい?」
 「え?ボク、お兄ちゃんになるの?じゃあ、弟がいい!」
 「子供に何てこと言ってるだ!」母親が真っ赤になって怒鳴りながら父親の頭をはたいた。「働きもしねえで!そういうのは、人造人間を倒して、平和になって、ちゃんと働くようになってからだ、いいな!」
 「えー」
 「お父さん、頑張らなきゃ」
 「と、とりあえず、ちゃんと修行して勝ってからの話だな。悟飯、頑張ろうぜ」
 ふん、と母親が鼻を鳴らして立ち上がった。「じゃあ、とりあえず買わないといけないのはそれくれえかな。みんな、忘れ物ねえだか?」
 「おう」父親も伸びをしながら立ち上がる。
 「はーい。ボク図書館も行きたいから、忘れないでね」
 「ん、わかっただ。じゃあそろそろ…あ、そうだ、忘れてただ」

 母親がそばにある台所の入り口を振り返り、そこにかかっていたカレンダーを破りとった。子犬の写真から、色とりどりのチューリップの写真、3月から4月に。そして、ペンを持ってきて、真ん中のあたりに、7歳誕生日、と書き入れた。
 ついでに、と一枚下をめくり、5月の最初のほうに、結婚記念日、と書き入れた。母親と、覗き込んでいた父親が、目を見交わして微笑みあった。

 父親が車の鍵を持った。母親が家の鍵を持った。悟飯は玄関先のパネルで家の明かりを消した。
 「さあ行くか。チチ、悟飯」
 父親が、玄関のドアを開けた。さっと、かぐわしい風が3人の頬をなでた。


 そろそろ桜のつぼみも膨らむ。村に、本格的な春がやってくる。世界は萌え出す喜びに満ちている。







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