このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
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 あらかじめ言って置けば、引越しなどホイポイカプセルを放り投げればできる、と言うものでもない。

 もちろん一式がセットされたデザイナーブランドの新居パックなど、カプセルコーポレーションの関連子会社の企画としてそういったものもないではない。が、どうしたって人間個人の家具の使いやすさや好みは一律ではかれるものではないから人は家具を入れ替えるし、それだからやはり引越しはこの時代に至っても大作業なのである。少なくとも家具を個人の好みのレイアウトに移動させないといけないからだ。家の中で大物家具の入ったカプセルを放り投げては当然のごとく危ないから、屋外で家具を出した後に、何人かで移動させると言う手間は普遍なのであった。
 ブルマの父親であるブリーフ博士がホイポイカプセルを発明した事は、この世の中をまさに根底から覆す大革命であった。まず駅前から駐車場や駐輪場といったものが減った。店舗にしてもそうである。同時に、公共交通機関の存在意義は薄らいだ(もちろん渋滞緩和のために今でもリニアやバスと言うものもないではない)。流通や産業にも革命がおきた。大規模な倉庫はほぼ不要になった。それに大量輸送の必要が激減し、大きなトラックなどが世の中から大幅に減ったのだった(ただし生物そのものを収納する事はできなかったので、まったく消滅したと言うわけではなかったが)。カプセルの中では温度湿度さえちゃんと管理しておけばかなりの長期保存が可能だったので、食などにも大きな影響が出た。世界は勢いガランとした空間になった。そしていくばくか清浄なものになった。毒を撒き散らす廃棄物ですら浄化機能付のカプセルにしまいこんでやればいいのだから。
 悟空やチチの世代ではすでにものごころついた時からカプセルがあるのが当たり前という感覚だが(一部のド田舎者を除く)、一昔前の人間にとっては、ブリーフ博士と言えば大げさではなく神に等しいような知恵を持つ人間だった。冗談ではなく。ブリーフ博士は国王からいくつもの勲章をもらっているし、その他さまざまの学会関連の称号を持っている。普通に教科書に出てくるような人間なのである。
 まあ本人はある意味悟空に匹敵するような研究バカだったので、全くそのようなくだらない名誉だけの雑務に関わりあうことなく毎日を研究三昧で過ごしているのであった。幸いなのは弁理にたけた味方、それと優秀で忠実な会社の部下が居たことで、それで彼の研究は正しく世に出て活用されるようになったのである。

 それはともかく、今日は新居への引越しの日である。




 「チチィ」
 引越しにはうってつけの、よく晴れた午後である。悟空は、首にかけたタオルで顔ににじんだ汗を拭きながら、まだ全くなじみのない寝室へ入っていった。悟空の担当は家具やダンボールの移動である。というかほぼそれしかできなかった。
 「チチ?」
 寝室のドアを開けて覗き込むと、誰もいない。確か寝室で、自分がベッドその他の大物家具を置いてマットレスと布団をセットしてやったあと、いろんなものを引き出しなどに収めたりするのだとここに残って作業をしていたはずだ。チラッと気を探ると、寝室専用に備わっているユニットバスに入って、ついでに掃除をしているようだった。
 悟空は寝室に入って周りを見渡した。真っ白いベッドカバーのかけられた、白いレースの天蓋付の、中華風の彫刻の施された黒い上等な木材のダブルベッドは、チチが実家でひとりだけなのに贅沢に使用していたものをそのまま持ってきたものであった(今朝実家に寄っていろいろ入用なものをカプセルに入れて運んできたのだ)。そのヘッドボード側にある風通しのいい窓。淡い桜色のカーテンが開け放たれた窓から外に向かって揺れている。気持ちのいい5月の青空が見えて、さわやかな光を部屋に投げかけている。
 ベッドとそろいになるように新たにあつらえた小さなテーブルと椅子。新しい鏡台。壁紙はごく薄いベージュにほのかな金色でところどころ描かれた吉祥印。こげ茶のフローリングの上に大きくおかれたじゅうたんは上品な枯れ草色。部屋の壁にいくつか寄せてかけられた小さな風景の絵。観葉植物と複雑な織り地の布の壁飾り。チチの好みはお嬢様らしく上品だった。家具の選定などにはほとんど悟空は関与しなかったし関与する気もなかった。チチはそれに不満を述べていたものだが。
 (ふうん、これからここでオラたちは寝るのかあ)
 感慨めいたものと、不思議な気持ちがない交ぜになって悟空の中に浮かんだ。そしてかつて一人で住んでいた小さな家を思い浮かべた。この部屋にも、いつか慣れるときが来るのだろうか?
 まだ自分のにおいもろくについていないこの部屋。でも天蓋付のベッドはかつて自分の使っていたものと似ていたし、何より彼女のにおいがして安心した。悟空はベッドに腰掛けてみた。
 (あいつはずっとこのベッドで寝てたのか)そう想像をめぐらせる。そしてついでにこれから近い将来このベッドで行われるであろうことに考えをいたらせかけ、なんだか布団に顔をうずめたいような気分になった。
 
 「あれ、どうしたんだべ、悟空さ」その腹を痛そうにさすりながら、妄想の相手がトイレから出てきた。あわてて抱きしめかけていた布団を放し起き上がる。
 「いや、あっちの部屋のほうさ、大体置き終わったから」リビングダイニングを指差す。「オラ腹減っちまったよ」
 「うー、ちょっと待って…」悟空の隣に腰掛けて、腰をさすってからだを二つに折りたたむ。彼女は月のものの真っ最中だ。隣に座っている悟空にも、濃い血の香りがはっきりとわかる。昨日まで悟空は女にそういう現象があることすら知らなかった。でも見ていると、かなりつらそうだなと言うのはわかる。女も大変だな、と思う。
 彼女のさすってるあたりをなでてやった。ちょっと恥ずかしそうにびくっとしたが、おとなしくなでられている。彼らはこの生理現象のせいで、まだ初夜さえ迎えられずにいたから、触るのも触られるのもまだ初々しさが隠せなかった。
 「そんなにしんどきゃ寝てりゃいいじゃねえか」 
 「そんなわけにはいかねえだ」彼女はひそめていた眉をさらにひそめた。「おらが荷物をしまわねえと、ちゃんと生活が始められねえじゃねえだか。悟空さは荷物も何もないからええけど、女には家でいり用なものが山のようにあるんだから」
 そんなものかな、と悟空は思う。確かに彼自身の結婚前の荷物は(わずかに荷物といえた服や傘も)ピッコロとの戦いのときに吹っ飛ばされてしまったので皆無であった。着の身着のままである。新婚旅行の間に、会場に如意棒を忘れてきたことに気づいたので戻って探してみたら、驚いたことに土に埋まって残っていたのは幸いだった。つまり如意棒一本だけが彼のもともと持ってた大事な荷物なのだった。あとは新婚旅行の間に買った下着だの服だのが少しである。それらはここに来てすぐこの部屋のクローゼットの中に風呂敷のまま放り込んではいおしまいである。
 でもチチの荷物は、実家から持ってきたものが山ほどある。昔の思い出の品だの、化粧品だの、服だの小物だの、替えのシーツや布団のカバーだの、寝室にしまうべきものでもこれだけはあるのだ。そしてそれらはまだ多くがダンボールの中にあった。あとは使い慣れた包丁だのを持ってきたのとか、気に入りの音楽のなにやらとか本とか、旅行中に見つけたデザインのいいキッチン家電とか雑貨とか、チチが理想として思い浮かべていた快適なインテリアにはさまざまなものが必要なのだ。そしてそれらは夫でも下手に触られたくない領域だった。大事なものが両手に納まるだけの夫と、大事なものが家いっぱいの妻。かみ合わないなりに生活は始まろうとしている。
 「おなか減ったって、さっきカプセルに入ったレトルトを食べたでねえか」
 「あんなんじゃ腹膨れねえ。冷蔵庫にだってなんもねえし。オラ腹減って力はいらねえよ」
 「わかっただ。じゃあ途中だけど買い物に行くだ。まだまだ買いたいものもあるし。確かに冷蔵庫の中に入れるものが全くなかったら、今晩の夕食もろくに作れたもんじゃねえだ。悟空さ、筋斗雲」
 「乗れるか?大丈夫か」
 「だから嫌でも何でもいかねえとしょうがねえじゃねえだか。悟空さに食べ物のお使いなんてとても頼めねえだ。どうせ途中でつまみ食いした挙句全部食ってきちまうに決まってるんだ。気遣ってくれるんなら筋斗雲乗せてけれ。おらが車運転して行く方がよっぽどしんどいだ」ため息をつきながらチチは立ち上がる。どうせ自分が動かないと、この家はどうにもならないのだ。
 悟空はそんなチチをちょっと見つめた。外に連れ立って出て一応戸締りをして、雲を呼ぶ。前に彼女を置いて舞い上がる。
 舞い上がって、ちょっとして、後ろから首根っこに抱きついてみた。何だと驚かれたが、なんとなく言葉にできない。けして怒ってるわけではないのだけれど、なにか自分が駄々っ子のようなことを言いそうな気がしたので悟空は口をもごもごさせて黙っていた。チチも乗っている間腹が痛いのもあるようでほとんどしゃべらなかった。






 晩方。軽食と、結局遅くなったので夕食をとって買い物をして帰ってきて、微調整の後にとりあえず家具のレイアウトにOKが出た。もろもろの配線などをして、もうとりあえず悟空の役目はここまでと言うので明日から修行のお許しが出た。久しぶりの修行である。
 共用のほうの風呂からあがって悟空が寝室に入ると、チチがベッドのわきでじゅうたんに座って、何事かやっていた。
 「なにやってんだ?」悟空は後ろから声をかけた。
 「写真を飾るんだ」チチは熱中していたので、後ろを振り向かないで答えた。「結婚式のときとかの。今朝現像からかえってきたのおっとうから受け取ったし、フレームさっき買ってきたから」
 「ふうん」
 チチの手元を覗き込むと、ふわふわのウェディングドレスを着た彼女と、白い燕尾服を着た自分が腕を絡めている絵が見えた。
 彼らは、武道会の3日後、早速結婚式をした。ドレスは彼女の母親のが残っていたし、会場も家城ですんだので特別に準備に時間がかかるというほどもなかったから。悟空の知り合いは呼ぶには遠すぎたし、こないだ会ったところだから別に呼ばなくてもいいと一般常識からしたら薄情なことを言ったものだから、参列したのはほとんどが彼女の知り合いとか使用人とかだった。だから悟空にとって式自体は大して面白いものでもなかった。窮屈な衣装を着せられて、食べるのもそこそこにじっと座らされているだけだったから。
 そのころは悟空は特に新しいこの『ヨメ』についてもなにほどの特別な感情もなかったので、なんかふわふわしたのを着てるなあとかそう言う風に思っただけであった。今になればもったいないことをしたなと思わないでもない。なので、彼女の足元にあった彼女が単独でアップで映っている一枚を拾い上げて見てみた。化粧をしてきれいに髪を結い上げてベールをかぶせた彼女が幸せそうに微笑んでいた。やはりもうちょっとまじめに覚えておけばよかったかもしれない、とちょっと後悔した(目の前にして食べられないごちそうを恨みがましく見つめていたのであまり目に入ってなかったのだった)。しかしなぜあの頃は何も思わないでいられたのだろう。自分の気持ちに気づいてしまった今となっては不思議だった。
 悟空は後ろに胡坐をかいて座って、彼女の後姿をながめた。少しはマシになったのだろうか、熱心に作業を続けている。写真はたくさん撮ったものだから、どれがいいかという選別に忙しいようだ。
 今日の彼女は、長い髪を頭の上のほうでひとくくりにし、いわゆるポニーテールであった。まだ、後にするように大きくまとめて団子にするには少し長さが足りなかった。
 悟空はさっき雲の上でこのうなじに抱きついたときの匂いと感触を思い出した。(やっぱり、こうやって目の前にいるほうがいいな)と悟空は思った。彼女はいいにおいがする。きれいな声がする。触れるとあたたかい。熱心にやっているから今は邪魔はしないものの、もう少しして終わったらその感触を、好きなだけとは行かないけれど味合わせてくれるだろう。

 そう楽しみに待っていると、チチがそのままの姿勢で言った。
 「このときの悟空さはかっこえかっただなあ。白い燕尾服がピシッと決まってて。今見ても惚れ惚れするだ」
 悟空は聞いた後、ちょっと考えてから、眉をひそめた。彼女を見ると、背中を向けたまま、うっとりと写真を掲げて見つめている。非常に面白くない気分になった。
 「こっち向けよ」
 「んー?もうちょっと待ってけれ、今フレームに入れてしまうから」チチは背中を向けたままである。さらに面白くない気分になった。なので後ろから肩をつかんでむりやりからだを回転させて自分の手の中におさめた。
 きゃっという小さい声をあげてチチは抵抗した。彼女の手の中からフレームと、フレームのガラスと、写真がじゅうたんの上に落ちて鈍い音を立てた。「なにするんだべ、いきなりっ」
 悟空は問われて気づいたようにもごもごした。その手の中で、彼女が悲鳴をあげた。「なんて格好だべ!悟空さったら!やめてけれ、まだダメだってば」素っ裸とはいわないが、悟空は腰に大き目のタオルを巻いただけだった。なので、彼女はこれからことに及ばれるものと勘違いしたらしかった。まだできないのだと暴れている。
 「違うよ」悟空は顔を引っかかれそうになりながらやっとのことで言った。「オラのこと見て欲しかっただけだ。写真に写ってるほうのオラより」
 チチは手を止めて目を丸くした。悟空はちょっと考えて、自分で得心したようにうなずいてから続けた。「あのさ、うまく言えねえけどさ、そんなこと言ったら、まるでおめえがそのときのオラだけが好きなみてえじゃねえか。オラはここにいるのにさ。待ってるのに」

 「…そんな事は言ってねえだよ」
 「だってオラケッコンしてから、おめえのこと怒らせてばっかしじゃねえか。今日だってオラにできることがあんましないから機嫌悪かったじゃねえか。そのときが一番良かったって思ってるんだろ」
 「違うだよ。確かにこのときの悟空さはかっこよかったけど、一番じゃねえだ」チチは悟空の脚の上に座りながら、小さい子にするようにやさしく髪をなでた。「ごめんな、おら確かにイライラしてた。今もそれで、あのときがとても楽しかったからそれで紛らわせようと思ってたんだべ。悟空さがそんなに一生懸命おらのこと終わるの待ってたなんて思わなかったから」
 「一生懸命なんて待ってねえよ」照れたように悟空はそっぽを向いた。チチがその首元に頭を寄せてきた。「そうだな、写真よかずっとこっちのがいいだ。おらだって昔の新聞の切抜きの悟空さの写真持ってるけど、写真じゃなにもできねえものなあ。今こうすることができて本当に幸せだ」
 それで悟空の機嫌は直った。さっき不愉快になったのは、自分があの小さな白い枠に閉じ込められて、中からずっと彼女に触ろうとあがいてるような気持ちになったからだった。まるで、カプセルに入った自分を眺められた気分になったのだ。でも、自分たちはこうすることができる。それが一番大事な事実だ。




 安心すると同時に、ぴたりと引っ付いている彼女のからだが妙に意識されて、息が速くなってきた。それをごまかすように、悟空はチチのポニーテールの根元をつかんでくるくる回してふざけて笑って見せた。チチはもう、といいながら笑った。その後、ずり落ちかけている悟空の腰のタオルを見て盛大にビンタを飛ばした。
 そのような、新生活はじめの夜であった。






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