このページはイラストレーターはるまきの、個人的なドラゴンボール版権小説置き場です。鳥山先生、集英社さんとは一切関係ございません。
ブログの本体はこちらになります。あとがき・もくじもブログのこのページになります。よろしければ、WEB拍手小説投票で感想をお寄せください。








 「あー、ヒマだなあ」3分に一度悟空は言った。「暇だひまだヒマだ」
 それに取り合わず、チチは個室の、彼の傍らの椅子で夕暮れの前の時間編み物をしていた。
 「ヒマだ。ヒマだなあ。ヒマだってば。チチぃ」
 やがて、チチは業を煮やして言った。

 「悟空さ、うるさい」
 「だってヒマなんだもんさ」悟空は包帯でぐるぐる巻きになった頭を左右に振りながら言った。ぐるぐる巻きどころではない。体は医療用のケージに入れられ、全く身動きひとつ出来なかった。体中に無数の骨折。筋肉の著しい損傷。幸いなのは脳と脊髄に損傷がなかったことである。それでも、医者は一時彼を見離しかけた。数え切れないほどの形成手術が必要だった。あさってにも5回目の手術の予定だ。正直完治しても、深刻な後遺症が残る恐れがあった。
 それを聞いたら、一般人なら絶望のどん底に叩き落されるだろう。彼の場合その心配はなかった。待っていればそのうち、神秘の豆が彼を全くもとのとおりに癒してくれるだろう。
 でも体を襲う痛みは彼を苦しめた。朝もかなり痛がって、付き添いで寝泊りしていたチチを目覚めさせた。ナースコールで痛み止めが投入された。
 痛がってたら痛がってたでうるさいし、おさまったらこうしてヒマだヒマだとうるさい。チチはいい加減辟易している。

 「さっき、おっとうが見舞いに来てくれたとこじゃねえか」
 「20分くらいも前に帰っちまったじゃねえか」牛魔王も多少事業をしている関係で、そうそう遠い西の都に長居しているわけにも行かなかった。今までホテルに滞在して顔を見せてくれていたがさっき自分の城に帰ってしまったのである。
 病院に入って、2週間以上が過ぎていた。つい先日、彼らの息子と、ブルマとクリリンは遠い異星に旅立っていってしまった。おかげでたまに見舞いに来てくれる人もいなくなってしまった。ブルマの父親が一回夫人と顔を見せに来たくらいである。悟空はそれで彼にたのみごとをしておいた。
 
 「なあ、ヒマだってば、チチ」
 悟空は飽きることなく呼びかけた。このケージに入ってると、見えるものはなんのひねりもない、無味乾燥な天井だけだ。すぐ横にいる妻の顔もろくに見えない。
 「ラジオでも聞いてりゃええだ」妻の冷たい声。「つけてやるだよ」
 「ラジオなんて歌うたってるばっかしで面白くねえ」
 「それこそ瞑想でもして暇つぶししてりゃええだ。いつもやってるじゃねえか」
 「痛くて集中できねえよ」痛み止めもけろっと痛みが引くようなものではない。習慣性をつけないために、なるべく抑え目にしてあるから、痛みが我慢できるくらいまでマシにしてやるくらいのものだ。
 「とにかく、もうヒマヒマいわねえでけろ。こっちが頭痛くなってくるだ。ちょっとマシになったんなら寝てるがいいだ」
 悟空は唇を尖らせた。義父が来てくれる前にちょっと寝ていたところである。そうそう寝られるものでもない。

 つめたいなあ。
 でも、まあ、オラが悪いんだけどさ。
 悟空は思った。
 

 自分が痛がってる間は優しいのに、ちょっとマシになると急に突っぱねる。原因はわかっている。彼女が怒るのも当然だ。戦いが終わるなり自分に目もくれないで飛び越えられたのはそれなりにショックだったが、一年近くも息子に会えないのだったから当然と思う。それほど腹は立たない。
 でも、オラにだって多少優しくしてくれても罰は当たらないのに。こっちだって一年近くも死んでたんだから、その息子を救い、地球を救うために。

 「いてえ」
 悟空は戯れに痛がってみた。「あたたたた」
 そしたら優しくかまってくれるものと思ったのだ。

 「ウソつき」急に手がケージの頭上の方から伸びてきて、彼の右の頬を引っ張った。「なんて下手な演技だべ」
 「いひゃい」悟空はだらしなく抗議の声をあげた。「いひゃいよ、ひひ」角度的に彼女の顔は見えない。
 「うーそーつーきー」もう片方の手が伸びてきて、もう片方の彼の頬をつねった。上下に揺さぶられる。
 「調子のいい!こんなときだけ、甘えるんじゃねえだ!宇宙人なら宇宙人らしく、超能力ででも傷ぐらいぱっと治して見せたらいいのに!」
 「よへよぅ」
 「大体悟空さは…ひゃあっ」

 急に叫び声があがって、聴きなれた声がした。「なーにやってるんじゃ、おぬしらは」

 「む、武天老師様…」妻の声と同時に、ケージの上にサングラスと白髭とはげ頭がぬっとつきだされた。「よう悟空。調子はどうじゃ」
 「ああ、じっちゃん」悟空は師匠に挨拶をした。「なんだよ、急に来るから驚いちまったじゃねえか」今は気を感じる力が弱ってるみたいだし、じゃれあっていたものだから近づいてきてもわからなかったのである。
 「ちょっと見舞いにな。ほれ、土産じゃ」妻になにか手渡し、気まずそうにそれを受け取っているようだ。

 「しかし、なんじゃな。おぬしら、淡白なように見えてなかなか熱々じゃのう」ケージを見下ろして顔をのぞかせながら師匠がニヤニヤした。
 はは、と悟空は笑った。まあ多少まずいものを見られたような感じだったが、そう見えたのなら嬉しいのでいいやと思った。しかし妻はいきなり怒り出した。
 「じょ、冗談じゃねえだ、なにをいいだすだ、こっぱずかしい!」
 「本当のことじゃろうが。仲良き事はうつくしきかな、孤独な独居老人には目の毒じゃわい。治ったら2人目もすぐじゃのう」
 「なっ」
 ごん、と鈍い音がして、妻が盛大に怒鳴った。「大きなお世話だべ!武天老師様のバカ!おら、売店行ってくるから、ごゆっくり!」
 そして足音高くでていったのだが、病室のすぐ外で看護士に注意されてぺこぺこ謝っているようだった。


 「あーあ、怒らせた」去っていく足音を耳で追いかけながら悟空は言った。
 「おー、いちち…ちょっとからかっただけというのに、なんと怒りっぽい娘じゃ。悟空、おぬしも苦労するのう」椅子に座って、悟空から見える角度を按配しながら師匠が頭をさすった。はは、と悟空はあいまいに笑った。「見舞いに来てくれたんか、サンキュー、じっちゃん。遠いのにな。オラ超たいくつでさあ」
 「都のぴちぴちギャルに会いに来るついでじゃよ」なにやらいい店を発掘したらしい。「気にはせんでええぞ、何しろお前は弟子じゃし、なおかつわしの弟子の孫じゃ。それにチチもわしの弟子の子供じゃから、言ってみればおぬしらはわしのマゴ夫婦のようなもんじゃ。爺さんが孫の見舞いに来て何が悪い」
 悟空は笑った。ちょっと嬉しい。
 「なのにおぬしらときたら結婚式にも呼ばずに、それから5年も顔ひとつ見せん。ちょっとは年寄り孝行をせい。まったく」
 「これからはちょくちょく遊びに行くよ」
 ふん、どうじゃかな、と鼻を鳴らされた。しばらくたわいもない話をしたあと、そろそろ面会時間が終わるからと師匠が腰を上げた。
 
 「あのさあじっちゃん、さっき、来たときチチがびっくりしてたけど」去り際に悟空は聞いた。
 「うん?」
 「まさか、チチのケツ触ったんじゃないだろうな。いくらじっちゃんでもオラ怒るからな」
 師匠は白髭を揺らして笑って、言い置きながら病室を出て行った。「ちっと肩を叩いただけじゃよ。そんなおっかないことようせんわい。そんなことしたらまたアイスラッガーで頭をかち割られるのがオチじゃよ。おぬしはなかなかやきもち焼きじゃのう」


 かつての彼の師は、廊下ですれ違う美人の看護婦に目移りしながら心の中でまなじりを下げた。
 (ほんとうに、あの悟空めが、いっぱしの男じゃわい)



 


 個室に悟空ひとりのまま、夕暮れになった。暗い病室でうとうとしてるうちに、痛み止めが切れてきた。
 全身をさまざまな種類の痛さが襲う。痛い。苦しい。吐き気がする。
 うんうん呻いていると、また頭上の方から手が伸びてきて、手に持ったウェットティッシュが彼の額に浮いていた汗を吸い取った。
 「みず」
 かすれた声で言うと、唇に吸い口が添えられた。悟空はそれを素直に飲んだ。礼を言うと、吸い口が引っ込んで、両手が彼の頬に添えられた。子供をあやすようにその手が彼の頬を何度もすべった。
 「チチ」痛みの中から悟空は呼びかけた。なんだべ、と声がした。「宇宙人だからって、オラのこと嫌いになったりしないよな」
 「バカなこと言うもんじゃねえだ」また、頬がつままれた。とてもやさしく。彼女の小さな白い、ごく優しい手で。





2


 クリリンは、天井裏の物置からタオルの予備を取ろうとカメハウスの二階にあがってきた。人造人間から避難してきて一気に8人もの大所帯になったカメハウスには、いろいろな物が足りなかった。二階のたった一つの、かつて修行時代に悟空が寝ていた部屋は、心臓病で寝付いている悟空と、その家族に占拠されていた。
 階段を上がると、ごく短い廊下のわきにその部屋がある。半分ほどドアが開いて、そこから夜をはかなげに照らすテーブルライトの薄暗い光が漏れていた。ちょっと気兼ねはしたものの、クリリンはそっとのぞいてみた。
 心臓病にやられてまる一日。薬は利いているものの、今もしばしば悟空はベッドの上で苦しそうな様子を見せていた。倒れてからずっと目をさまさない。
 ベッドの傍らには、白いネグリジェ姿のチチが居て、彼の片方の手を白い両手で握って額に押し当てていた。風呂上りの長い黒髪の上に、白いタオルをかぶせたまま。
 クリリンは、しばらく静かに彼女を見ていた。薄暗い明かりの中、彼女は、悟空という救い主の手を押し頂いて、敬虔な祈りをささげる修道女のように見えた。

 彼女が振り返った。「ああ、クリリンさん。なんか用だか」
 「いえ、悟空の様子が少し気になっただけですよ。大丈夫ですか」
 「今は、落ち着いて寝てるだよ。クリリンさんも、疲れただろ。早く寝てな。…悟飯ちゃんは?」
 「まだ上で話をしてますよ」クリリンは指を立てて屋根の上を差した。ピッコロと神の融合した人物と見張りを兼ねて一緒に居る。そっか、と彼女は微笑んだ。「おやすみ、クリリンさん」
 「おやすみなさい」クリリンも、微笑んでそっと扉を閉めた。

 
 階下に降りると、部屋の明かりを落として暗い中で、ヤムチャが居間の電話で誰かに電話をしていた。留守番電話を吹き込んでいるようだった。
 「仕事が長引いててさ、しばらく帰れないんだ。怪物が怖いだろうけどごめん。なるべく早くどうにかして帰るから。じゃあ」

 「彼女に電話ですか」座りながらクリリンは話しかけた。ああ、とヤムチャは言って、少しテレビのボリュームを上げた。どの局も報道特別番組。突然現れた謎の怪物が、世界中で住民を消し去っているというニュース。しかし、とりあえず夜に入ってからは、新たな虐殺の知らせは入っていないようだ。
 しばらくニュースを2人で見たあと、クリリンは言った。
 「ヤムチャさんは、さっきの彼女さんと、結婚する気はないんですか」
 ヤムチャは笑った。「結婚する気があったら、あんなこと言わないさ」人造人間に見つかりにくいようにあかりを控えているので、その顔はテレビの光と、ひとつだけテーブルの上に置いてあるろうそくに照らされていた。「あんな嘘なんかな。正直に言ったところで、信じてくれないし、信じてくれたところで、あんな怪物と戦ってるとわかったら、パニックだよ。要らん心配をかけるだけさ」
 そうかもしれませんね、とクリリンも笑った。

 「悟空は?クリリン」
 「チチさんが見てますよ。落ち着いてるみたいです」
 「大変だな、チチさんも。うつらなきゃいいけどな。あんまり根詰めて、前みたくなったらいけないな」
 2人は、前に悟空と悟飯をいちどきに失ったときに、チチが壊れたことを思い出していた。
 「でも、悟空はいいですね」
 「ああ」
 「俺も死ぬまでに嫁さんが欲しかったですよ。吸い取られて干からびて死ぬなんて真っ平だなあ」
 「チチさんもたいした女だよ。なんだかんだ言って悟空みたいなやつの嫁さんをやってるんだから。並の女じゃおれたちの世界には着いて来れないからな」
 ろうそくの影を2人の瞳が写して揺れた。ヤムチャはもう失ったかつての恋人を思い、クリリンは、脳裏に焼きついてはなれない金髪の女のことを思った。それぞれ、思ってることは違っても。

 そこに、禿頭を拭きながら、天津飯が風呂から上がってきた。
 「どうした」
 「…ちょっと、考え事をな」ヤムチャは笑った。「なあ、ちょっと飲まないか」傍らのサイドボードから、亀仙人の酒甕とぐい飲みを3つ取り出した。勝手知ったるかつての修行場である。
 「不謹慎ですよ」クリリンは言った。「こんなときに酒なんて。いつ人造人間がくるかわからないのに」
 意外にも、天津飯が応じた。「いいじゃないか、つきあおう。一杯くらいいいだろう。それくらいで酔いつぶれるほど、みんな弱くもないだろう」
 「…じゃ、一杯だけ。天津飯さんも、飲んだりするんですね」
 「自分からは飲まんがな。だから、今誘われて飲みたい気分になったのさ。…武天老師さまは?」手にしたぐい飲みに酒を注がれながら、天津飯が聞いた。
 「じいさん外のハンモックで寝ちまいましたよ、今日も」ヤムチャにも酒を注ぎながら、クリリンは外をあごで指した。「中で寝てください、といっても聞きゃしません。年寄りの冷や水ってやつですよ」
 カメハウスの狭い一階は、台所と風呂場とリビングだけ、寝られるのはリビングのじゅうたんの上だけだ。そこにピッコロ(仮)を除いてもあと4人も寝られはしない。老人の心遣いだとみなわかっていた。天津飯は思った。かつての師に、彼の半分ほどの思いやりがあれば、と。
 その天津飯を見ながら、クリリンは思った。今になってここに天津飯がいるなんて、皮肉なものだ。あの人は今どうしているだろう。無事であればいいけれど。

 「さあ。では」ヤムチャが気障っぽくぐい飲みを掲げた。「むさくるしい戦士たちに、乾杯」
 しばらくの酒の後、彼らはテレビをつけながら浅い眠りに落ちた。




3


 翌日の昼すぎ。
 『ほんとうの名前も忘れてしまったナメック星人』は、水道水をグラスに入れ、居間のテーブルでちびちびとそのひどい味わいをごまかしながら口にしていた。テレビは相変わらず報道特別番組のままである。

 昼食を終えて、戦士たちはそれなりに思い思いに休憩を取っていた。今朝から2回ほど、セルを追って出動をしたが、やはり間に合わなかった。クリリンは見張りに立ち、悟飯はそのそばの木陰のハンモックで仮眠を取っていた。天津飯と亀仙人は悟空の様子を見に行きついでに掃除をし、ヤムチャはシャワーを浴びていた。
 洗い物を終えたチチが、テーブルのわきに座って、ひとつ息をついた。寝不足のようで、しばらくうつむいて頭を痛そうにしていた。
 「どうした」しばらくして、横顔に視線を感じて彼は言った。
 「…」チチは、じっとうつむいた顔を押し当てた手のすきまから、切羽詰ったような目でこちらを見ている。「…勝手だべな、おらも」彼女はため息をついて、顔を上げた。
 「お祈りしてたんだべ。おめえの中の、神様に。悟空さがたすかりますように、悟飯ちゃんになにごともありませんようにって」

 彼はチチを見た。
 「勝手なもんだべ。おらは、あのころ、ずっとおめえを殺してやりたいと思ってたのに。虫が良すぎるだ。」
 この3年の間に、彼らはそれなりになじんでいたが、やはりチチの方にはわずかのわだかまりが残っていたのだった。
 「神に祈っても、解決することではない。気持ちはわかるがな」かつての神は、冷酷に言った。「あと、俺は悟飯をさらったことを後悔してはいない。あいつを鍛えたことも」かつてのピッコロは、続けて静かにそう言った。

 「…やっぱり、おめえが憎たらしいだ」チチはまたひじをついて、組んだ指に頭を伏せた。

 「なあ、人造人間、ここほんとうに来るのかな、悟空さ殺しに」
 「そのうちな」

 「…おらも殺されちまったら、悟飯ちゃんを頼むな。もっかい、お祈りしとくだ」
 「…そのようにしよう」
 「…そして、誰にも殺されないように、誰よりも強くしてやってけれ」

 穏やかな波が、ざわざわと浜辺を洗い続けている。彼女の組んだ手の指先が、かすかに震え続けている。








 死という名の冷たい手のひらが時折彼の心臓を握りつぶそうとする。
 悟空は夢の中で走る。やっと逃げてきたのに。これ以上ついてくるな。もうオラにかまわないでくれ。
 走る。走り続ける。心臓が疲労を訴える。
 いつしか、周りの景色は、蛇の道になった。果てのない世界。引かれた、一本の道。自分はそこを走り続ける。
 
 死の冷たい影は、背後にはもう見えない。安心して彼が立ち止まろうとすると、道の下の雲の間に、死がそこここで舌なめずりをしている。また走り続ける。
 心臓が悲鳴を上げても、走って、走って、走り続ける。いきなり、道が終わりを告げた。足を踏み外して、雲に落ちていく。死の冷たい手のひらが、彼の頬を優しくなでる。
 いやだ。チチ。お前の手でなきゃいやだ、助けてくれ!




 夢の中で彼は夢から覚めた。体が重い。まだまぶたが開かない。
 彼は、夢の中で、同じ部屋で寝ている妻と子供を知覚し、安心した。また、うとうとと更なる眠りに落ちていく。




 「人は、何者も死からは逃れられない」かつて神殿での修行で、神は彼への講義の折言った。その言葉が聞こえてくる。
 「望む死に方を出来るものなど、この世界でほんの一握りしかいない。不慮の事故、つまらないいさかいでの殺し合い、病気。さまざまな死の形から運良く逃れて長生きを出来たとしても、個人差はあれど、いつか肉体には老いが訪れる。そして死ぬのだ。人は、ある意味死というゴールに向かって生き続けているとも言える」
 「じゃあ、オラもいつか死ぬために生きてるってのか」
 当時の悟空には、理解できないことだった。自分は、絶対に、戦いの中で死ぬだろう。あの毒水をも乗り越えた彼にとって、病気などでの死に方なんて、まだ想像もつかなかった。まして、老人になって、老いを迎えて死ぬことも。
 じゃあ、自分は、何のために生まれてくる…?
 自分の中に浮かんだぼんやりとした問いに小首をかしげた悟空に、神は言った。それは、またこの先々に、もう一度問おう、と。
 「しかし、よく生きたなら、人は残ることができるのだ。働きの成果の中に、造ったもののかたちの中に、近しかったものの心の中に。そして縁があれば、花が受粉して種を残すように、体も残っていくだろう。お前は、何を残したいと望み、何を残すことができるか、まずそれを考えることだ」

 


 また夢からさめた。だんだん、明るいところへ向かって起きている気がした。顔には、朝の空気が当たっているのがわかる。
早く、と促す仲間たちの声がする。「お父さん、行ってきます」片方の頬に、息子の指が触れた。どたばたと足音がして、皆が飛び立っていった。
 しばらくして、妻の手が彼の片手をつかみ、彼の手の甲に彼女の唇が添えられた。その唇が、その手が、無言の中に訴えている。

 早く起きて、悟空さ。人造人間は、今にもここに来るかも知れねえ。
 早く起きないと、逃げられない。悟空さも殺されてしまう。
 早く起きて、元気になって、守って。おらと悟飯ちゃんを。



 チチ、ごめん。守りきれねえ。悟空は眠りの中で唇をかんだ。
 彼女に惚れたときに、思ったではないか。どちらかは先に死ぬのだと。でも、今眼前に現実味を帯びたそれは、死を超えた絶望だ。
 起きて人造人間を倒したところで、まだとてつもない怪物がいるらしい。今の自分では、守りきれない。

 でも待っててくれ、チチ。
 なんとかして見せるから。なんとか頑張って、起きて、なんとかして見せるから。
 悟空は、精一杯手に力を入れた。かすかに、手に力が入った。妻が、そっとその手を握り返した。







あとがき・もくじ(ブログ)
小説投票
拍手する + 拍手する